日本史(主に平安〜鎌倉初期)について。 あくまでも、独り言で御座います。

なみの下に ただよふは 誰そ、と。
赤間神宮1


昨夜、写真棚を整理しておりましたら、1年程前の赤間神宮の写真が出てまいりましたので、記録がてら少々振り返ってみようと思います。

赤間神宮2


水天門は、龍宮城の入口の如く海を見下ろす場所に根をおろしてあります。
言うまでも無く、全国の水天宮の大元はこちら、赤間関(=壇ノ浦・下関)の赤間神宮で御座います。
御祭神は、第81代安徳天皇
御祭祀は、安徳天皇神鏡・八咫鏡

赤間神宮3


□第81代 安徳天皇□

  諱  :言仁
  父  :高倉天皇
  母  :平徳子(建礼門院・平清盛の娘)
生年月日:治承2年(1178)11月12日
立 太 子:治承2年(1178)12月15日
即  位:治承4年(1180)4月22日
崩  御:元暦2年(1185)3月24日←※8歳
在位期間:治承4年(1180)2月21日〜1185年3月24日


赤間神宮4


□八咫鏡について□

八咫鏡草薙の剣八尺瓊勾玉三種の神器
日本書紀によれば、真経津鏡(まふつのかがみ)とも言うのだそうです。
安徳天皇入水の際に沈んでしまって行方不明……もしくは、伊勢神宮に御神体があり、模造のものが宮中に、というのが一般的な説ですが、他にも伊勢神宮(内宮)に安置されているという説や、壇ノ浦に沈んだけれど義経様が八尺瓊勾玉と一緒に引き上げ回収されたという説、平家滅亡以前に隠されたという説等もあるようです。
赤間神宮の八咫鏡は、岡山県で発見され、赤間神宮に奉鎮されたのだとか。
それによると、赤間神宮に納められている神鏡は、第10代祟神天皇〜第81安徳天皇の八咫鏡という事になりますね。


赤間神宮5


安徳天皇墓陵もこちらにありますが、
宮内庁の「安徳天皇墓陵参考地」には、
岡益の石堂(鳥取県岩美郡国府町岡益)・鞠ケ奈呂陵墓(高知県)・対馬厳原町(長崎県)・硫黄島(鹿児島県)・西市御陵墓(山口県豊浦郡豊田町)…の5箇所の陵墓を参考地として指定してあります。

赤間関の他に、安徳陵が存在するという事は、安徳天皇が実は生存していたという落人伝説に繋がります。
安徳天皇は即位した状態で入水した事になっておりますけれど、未だ幼い頃に御自身で判断されたとは考えがたいですので、平家一門と共に落人となられた…と考えるべきでしょうか。

↓安徳天皇生存の伝承が残る地では、以下の年齢まで生きられたとされております。
・徳島県祖谷では16歳まで。
・佐賀県山田郷では43歳まで。
・鹿児島県牛根麓では13歳まで。
・鹿児島県硫黄島では64歳まで。
・鹿児島県硫黄島では68歳まで(長浜家古文書による)
・宇佐地では宇佐神宮神官を務め、36才で自害(宇佐家伝承の備忘録による)
・鳥取県岩美郡岡益石堂では、10才まで(安徳帝因幡国古跡実記による)
・鳥取県東伯郡三朝町小鹿村中津では17歳まで。
・高知県高岡郡横倉山では23歳まで。
・山口県豊浦郡豊田町地吉大居跡では、帝の遺体が流れ着いたとされる。

赤間神宮6


明治の神仏分離令によって神社となり、「安徳天皇社」と称されました。
その後、明治天皇の勅定により、明治8(1875)年に地名であった赤間関をとって赤間宮と改名し、更に昭和15(1940)年に昭和天皇の勅定で赤間神宮という現在の名前になったそうです。

現在の社殿は、以前の社殿が太平洋戦争の空襲で焼けてしまった為、昭和40(1965)年に再建したものです。

赤間神宮7


赤間神宮には、耳なし方一の伝説も残っております。
私は広島っ子なのですが、あの有名な耳なし方一が、こんな近くの伝説だったとは全く知りませんでしたね〜…京都辺りだと思っておりましたよ(苦笑)

赤間神宮8


小さい頃、絵本に書かれていた“悪霊”というのは“平家の…”だったのですね………フクザツすぎます…うぅん;;

赤間神宮9


平家一門の墓所です。
この七盛塚は前列右から有盛様、清経様、資盛様、教経様、経盛様、知盛様、教盛様。
後列は家長様、忠光様、景経様、景俊様、盛継様、忠房様、二位尼・時子様となっております。
「盛」の付くのは六基なので、七盛塚とは墓碑の事ではなく、平家一門の供養塔を指していると考えられます。

赤間神宮10


上の画像をちょっとアップにしてみました…。
教経様の名前位は読めるかな。

赤間神宮11


壇ノ浦の合戦では、多くの平家武者・女官、女房達の命が波間に消えてゆきました。
瀬戸内海、特にこの辺りでは、平家の怨念の表れとされる平家蟹が生息しております。
今は凄く減少しているのですっけ……まだ絶滅はしていないと思うのですが……。

平家武者の姿を模しているのが、平家蟹。
彦島の身投げ岩より夫の後を追って海峡に身を投げた平家の女官達は、姫鯛に姿を変えたと言われております。

赤間神宮12


「ぬ〜べ〜」世代の方は、平家蟹を御存知かもしれないですね(笑)
最近では、柴田亜美先生の「カミヨミ」でも描かれておりました。

赤間神宮13


水天門の脇には、毎年平和を祈る巨大絵馬が掲げられます。
犬なのは、去年の御正月に参拝した際の写真だからです;

赤間神宮14


赤間神宮は、いえ…赤間関は不思議な感覚に捕われる空間です。
悲しい場所のようで、土のように温かい場所。

赤間神宮15


毎年5月2日の御祭神安徳天皇御命日から3日間にわたって行われる先帝祭に、今年こそは行きたいと思っております〜。
次は、泊りがけで行ってみようかな〜。

壇ノ浦


安徳天皇、平家御一門の方々が眠る赤間神宮。
現在、全国の水天宮が安産、子授、子供の神様とされているのは、安徳天皇と二位尼・時子様が御祭神として祭られているからで御座います。
私も、友人の出産前に何度も通って祈願させていただきました。

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