
例年、私の夏の帰省旅行は御盆よりも少し早い時期に始まります。
今年も8月4日の夜に東京を発って、5日の早朝に広島入りを致しました。
6日の広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式に参列し、実家に帰って母や祖父母と過ごしたのも束の間、翌日の朝には長崎に向けて旅立ち…我ながら、忙しないなぁと思います;
今年は、東京から しんやさんが御同行下さっておりましたので、道中色々な所へ立ち寄りながら楽しく旅する事が出来ました。
私ひとりだと、黙々と史跡、伝承地巡りに励んでしまって休む間等 自分には決して与えないので御座いますが(←だから誰も付いて来て下さらなくなるのでは…;)、しんやさんは程好く私の目指す場所に御付き合い下さりつつも、御自分が行きたい場所は逸早くピックアップされて予定に組み込まれておりましたので、上手だなぁと……い、いえいえ、とても素晴らしい事で御座います!(笑)
是非、その勢いで今後も じゃんじゃん御付き合い下さいましたら幸いで御座います〜♪
…という訳で、本日は しんやさんチョイスの素敵スポット☆角島での事を少し記してみようかなぁと思います。
山口県の映画ロケ地巡りマップ等で良く紹介されておりましたので、どんなハイカラな場所なのかと思いきや、実に歴史深い御島で御座いまして。
なんと、万葉集にも詠われていたようで、それを知った途端 一気にテンションが上がった御調子者な私で御座いました///;

本土と角島とを繋ぐ角島大橋は、とても有名な景勝地となっているようで御座いますね〜。
余り橋に詳しくない私は、最初に
「ここへ行ってみたいのだけど…」
と しんやさんに写真を見せられた時、密かに これは沖縄の古宇利大橋では?と思ってしまいました;
実際に訪れていると、古宇利大橋とは全く印象の違う大橋で御座いましたが、吃驚する程 綺麗な海の上にすらっと伸びる橋、という点では矢張り似ているかなとも思います。
通行料金が必要無い離島への架橋では、国内第2位の長さなのだそうで御座います。

私も しんやさんも写真を撮る事が大好きで御座いますので、ちょこちょこと移動をしながら高さや角度を変えてみたりして、じっくりと撮影する事が出来て楽しかったです。
私はどちらかというと風景写真よりも人物を撮りたい人なので、ちゃっかり しんやさんをモデルに使ってしまったり(←私と旅する方の宿命)……いつも強引で申し訳御座いません。。
照れつつも爽やかに応じて下さる御優しい しんやさんは、とても可愛らしいと思います(笑)
ちなみに…しんやさんが橋を歩いている写真が御座いますが、これは周囲を確認した上で 手前部分を一瞬だけ ささっと歩いて戻っただけのもので御座います。
角島大橋は思ったより車の通行量が多く、時速40キロ制限になっておりますが それ以上にかっ飛ばしていらっしゃる車も多々見掛けられました;
基本的に自動車専用道路で御座いますので、徒歩での渡島は出来ません。

気が済むまで角島大橋と角島を外側から撮影した後は、次なる好奇心に従い、橋を渡ってみる事に!
こういう見晴らしの良い橋を車で走るのって、とても楽しそうで御座いますよね〜。
運転はしんやさんが担当して下さいましたので、私は窓を開けて のんびりと流れる景色に見惚れておりました。

ゆっくり走っていただきましたが、余り距離が離れている訳でも御座いませんので、角島へは あっという間に到着してしまいました。
渡り終えると、島側にも展望台のある公園が整備されておりました。
駐車場前には、山口県知事 二井関成氏の御筆で“しま心”と刻まれた石碑が御座いまして…私は無礼にもこれを“くま心”と読んでしまい、
「いや、“しま心”でしょ」
と、しんやさんに速攻突っ込まれました…申し訳御座いません。。
展望台には“平城宮着海藻上進之地碑”も建立されておりました。
これは、奈良時代に角島のわかめが毎年 都に運ばれ朝廷に献上されていた事が発掘調査により明らかとなった事を記念して建てられたものだそうで御座います。
奈良時代から平安時代にかけて、時の帝の食事に この角島のわかめが選ばれ続けていたというのは凄い事で御座いますね…!
以下、碑文の引用で御座います。
平城宮着海藻上進之地碑
一九六三年秋、奈良市平城宮跡の天皇の住居の内裏の東北方の発掘で、一辺四メートル深さ二・三メートルの土壌からたくさんの土器などと共に、一八四三点の木簡を検出した。
その中の一つに長門国角島から都に送られた「わかめ」につけた木札(縦二七三ミリ、横三六ミリ、厚さ七ミリ)の送状が含まれていた。
それには天平十八年(七四六)三月二十九日と日付が書かれている。
これはその当時豊浦郡の郡家(都の役所)にいた人がそれぞれの荷札を書いたもので、いまから千二百年以上も前に聖武天皇以下宮廷の人たちが角島の海上ヶ瀬戸のわかめがおいしいことを知っていて毎年島に住む人々から税金として差し出させていたことがわかる。
一九九四年 元奈良国立文化財研究所長 坪井清足

海水浴場があるという事で、ちらっと覗いてみたいな〜…と行ってみましたら。
うわー……有料なのですね…;
瀬戸内には至る所に いつでも泳げるような場所が御座いますし、友達等と泳ぐ際には宮島や無人島等へ行きましたので、有料の海水浴場という所へは行った事が無くて、えぇッ!??という感じで御座いました。
綺麗な海で御座いますので、整備には費用が掛かってしまうのかもしれませんね。
水着は持って来ておりませんでしたし、元々 泳ぐつもりも御座いませんでしたので、別に何の問題も無いのですけれど、柵の向こう側で泳がれている方々の数にもビックリで……。
地元の海でも、沖縄の海でも、大抵プライベートビーチ状態?という感じの場所で泳いでおりましたので、何といいますか…単純に凄いなぁと思いました(笑)

↑しんやさんが、はしゃいでおられますねー…実に微笑ましい光景で御座います(笑)
泳ごうとは思いませんでしたが、余りにも綺麗な海で御座いましたので、少しだけ砂浜を歩いてみたいなと思い、道脇の浜へ降りてみる事に致しました。

歌枕でもあった角島内には万葉歌碑が建立されておりましたので、そちらへも訪れさせていただきました。
次の記事では、万葉集に詠われた角島の御歌と万葉歌碑の事を記したいと思っております。


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