
和歌山県田辺市本宮町。
この発心門王子は、奥熊野――本宮の聖域へ立入る為の拠点として、古くから重要視されて参りました。
未だ全ての王子社を巡った訳では御座いませんが、発心門王子は 私が これまでに御参りさせていただいた王子の何処よりも神聖な空気を強く感じさせられた不思議な場所…そこに至るまでの古道の雰囲気も加えられての事なのかもしれませんが、鳥肌が立つ感覚さえ覚えます。
良く、観光雑誌等では古道歩きの人気コースの始終点として取り上げられておりますが、私は今まで ここで他の方と遭遇した事は1度も御座いません。
古道を進んだ坂道の先に、発心門の鳥居が見えると、安堵感と緊張感が一気に込み上げて参ります。
“発心門”とは、山岳信仰の四門修行に由来する4つの門…則ち、発心から始まり修行、等覚、妙覚へと続く“入口”を意味しております。
それは仏門修行への志の入口であり、同時に熊野本宮の聖域への入口でも御座います。

廿五日 丙申
(中略)
次入発心門、<先於其前祓、是大鳥居也、参詣之人必入此門之中、遥見遺、心甚恐、>
(以下略/中右記による)
天仁2(1109)年 藤原宗忠様の参詣記録には、発心門王子の近くには大鳥居があって、参詣する人々は皆その前で御祓いをしてから鳥居を潜られた事が伝えられております。
大鳥居=発心門。
本宮聖域に入る為に、全ての方は この入口である大鳥居の前で御祓いをし、それから発心門王子を参詣されたので御座いますね。
ここまで来れば、熊野本宮大社までは徒歩2時間程度。
現在は道も整備されて随分と歩きやすくなっておりますが、それを差し引いたとしても、本宮までへは1日とかからずに到着する事が出来ます。
命をかけた旅路を経て、熊野参詣を行われた時代…いよいよとばかりに昂る気持ちを ここで鎮め、改めて心身を清め整えてから、本宮を目指されたので御座いましょう。

中世の頃、熊野を詣でる参詣者は、出発の際に先達より1本の杖を与えられ、その杖と共に旅路を進まれたといいます。
発心門王子は、その杖を献納する場所であったのだそうで御座います。
ここから本宮までは未だ少し歩かなければならないのに、杖を手放してしまうのかしらと思えば、そうでは無く、ここで新たな金剛杖を先達から渡されるのだそうで…。
その新しい杖で本宮を詣で、新宮、那智の三山を巡られたという事で御座います。
隠国 熊野は、死者の国。
熊野参詣は浄土への旅を意味し、杖を交換する事は魂の一新を意味していたのでは無いでしょうか。
献納された杖は、音無川へと流されていたようで御座いますので、これも一種の形代であったのかもしれませんね。
汗水流した道中を共にしてきた杖に込められた霊魂を流す事で、死後の平安を願う風習であったとも考えられます。

平安末期、平清盛様や重盛様 等、平家御一門の皆様や後白河院も、熊野本宮詣の折には、こちらで発心門を潜られたものと思われます。
熊野の あちらこちらでは平家縁の遺跡等を見る事が出来ますが、残念ながら平家の御方の参詣記というものは現存しておりませんので、その詳細までは知る事が出来ません…。
鎌倉初期に後鳥羽院の熊野参詣に随行された藤原定家様の参詣記には、その際の御様子が詳しく記録されております。
十五日 天晴
天明後、水<窮屈之間付寝了>訖、見御所禮了。<此宿甚寒依山>
又出道<此時[所ナルベシ]今日御宿也然而儲先陣>
今日王子湯河次猪鼻、次發心門午時許着發心門。
宿尼南無房宅<此宿所尋常也、件尼自京參會相逢會釋給所着椎>
此道之間、常不具筆硯、又有所思。
末書<一事他人大略毎王子書署>
此門柱始書一首、門巽各柱閑所也
惠日光前懺罪根 大非道上發心門
南山月下結縁力 西剥雲中弔旅魂
いりかたきみのりのみかどけふすきぬ
いまよりむつのみちにかへすな
此王子寶前殊信心
紅葉飜風、寶殿上四五尺木無隙生。
多是紅葉也
社後有此尼南無房堂<此内又書付一首後、聞此尼制止不令書物云々不知書了>
夕又水訖出王子御前所作了。
月出山之間也
今日之深山樹木、多有苺苔、懸其枝如藤枝遠見偏似春柳
十六日 天晴
拂暁又出發心門。
(以下略/熊野御幸記による)
定家様の参詣記には、辛い苦しい…という厳しい旅の雰囲気がひしひしと伝わる部分が多いのですが(苦笑)、この王子に辿り着かれた時の定家様は、その神々しさに信心を掻立てられたと感動された事が伝えられております。
私が感じたものと同じ感覚なのかもしれませんね。
そして、後鳥羽院の熊野詣が行われたのは晩秋の頃。
社殿を覆い尽くすように紅葉した葉々の美しさも、大変なものであったようで御座います。
本当に、御綺麗だったので御座いましょうね…いいなぁ、私も紅葉に染まる発心門王子を拝見したいもので御座います。
今月後半に予定している熊野詣の際に、時間があれば是非立ち寄りたいです〜…。。
発心門王子の後方には、熊野比丘尼 南無房様の庵が御座いました。
定家様は、ここに宿をとられたようで御座います。
久々に落ち着いた宿所で眠る事が出来て大層御喜びになられた御様子の定家様は、巽角の門柱に歌を書き付けておられます。
定家様は この道中、他の社寺や王子社には詩歌の書き付けを行われておられませんので、余程 感じ入るものがあったので御座いましょう。
惠日光前懺罪根 大非道上發心門
南山月下結縁力 西剥雲中弔旅魂
こちらは、発心門を詠まれた詩。
読み下すと“慧日光前罪根を懺す 大悲の道上発心の門 南山月下結縁の力 西刹の雲中旅魂を弔す”となりますが、意味は
“清らかな日光を前に発心門にて罪穢を祓い、南山の月の下で旅の魂が仏道と結ばれ弔われる事を嬉しく思います”
という感じ…になるのでは無いかなぁと勝手に解釈を致しております;
そして、和歌。
いりかたき みのりのみかど けふすきぬ
いまよりむつの みちにかへすな
“むつのみち”とは、六道の事。
天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道の6種の世界を指しているので御座いますね。
六道といえば、私は ついつい小野篁様を連想してしまうのですけれどー…い、いえいえ…話題が逸れてしまいますので、篁様については またいずれ;
“入り難い仏法の御門を今日潜りました。
今よりは、六道の迷いに引き返さぬようにしたいと思っております”
現代ならば、落書きは由々しき事!という感じでは御座いますが(実際、社会問題にもなっておりますね…;)、この頃の常識と致しましては割と普通の習慣であったようで御座います。
江戸時代の千社札的といいますか…献歌としての意味合いもあったのでは無いかなぁと。
また、平家物語で祇王様が西八条邸に御歌を書き付けて去られた事等を思うと、色々な想いを抱いた己の心を分身として御歌に託し、簡単には消せないような場所に残すという事も行われていたのかもしれません。
ちなみに……この時代でも、そういう行為を忌み嫌われる方はいらっしゃったようで、南無房様が実はそうだったのだとか。
定家様は後にそれを知り、微妙な心境になられたようで御座います。

□ 発心門王子(ほっしんもんおうじ) □
所在地:和歌山県田辺市本宮町三越字上久保
御創祀:不詳
御祭神:饒速日命
旧 称:王子神社
発心門王子の御創祀年代は不詳で御座いますが、中右記の記述が天仁2(1109)年の事で御座いますので、それ以前に御祀りされた事は確実なようで御座います。
発心門の傍に御祀りされた事から、“発心門王子”と呼ばれるようになりました。
江戸期の史料には、元々4つの門が在ったのでは無いかと説かれているようで御座いますが、それを裏付ける記録等は現存しておりません。
中世に至ると、発心門王子は五体王子のひとつとして有名な王子社となりました。
五体王子とは、九十九王子の中でも特に格式を異とされる、若一王子、禅師宮、聖宮、児宮、子守宮を御祀りする神社の事で、三山から勧請されたものといわれております。
五体王子と呼ばれていたと考えられる王子には諸説御座いますが、一般的には藤代王子、切目王子、稲葉根王子、滝尻王子、発心門王子の5社とされております。
熊野詣の最盛期を過ぎると、次第と衰退されていったようで…。
江戸期には既に発心門は存在せず、門跡として記録されているようで御座います。
王子社は中世には退転されてしまったという事で御座いますが、紀州藩の命によって享保年間(1716〜1736年)に再建が行われております。
が、その後も湯の峰と三越峠間の参詣道が主要となってしまっていた為、再び荒廃。
明治に至ると王子神社と称されるようになったようで御座いますが、明治40年に本宮 萩の三里神社に合祀され、廃社。
後に御社殿も そちらへ移築される事となり、こちらには“王子神社遺址”と刻まれた石碑のみが遺されました。
別格の王子社として篤い崇敬を受けた発心門王子でさえも、神社合祀には抗えなかったので御座います…。
王子神社遺址碑は、現在も境内に見る事が出来ます(↑画像3枚目、左側)
そして、平成2年。
現在の鮮やかな朱塗の御社殿が建立され、復社。
饒速日命を御祀りする神社として、存続されております。

王子社奥の杉の木が並ぶ辺りが、南無房様の庵跡のようで御座います。
ここに、定家様は御歌を書き付けられちゃったので御座いますね〜(笑)
御社殿の傍には、大きな一位樫の木が御座います。
一位樫は、本宮の町の木。
この一位樫さんは、発心門王子の衰退や廃社、そして復興の歴史を、静かに見守られてこられたので御座いますね。

発心門王子から車道沿いを本宮方面へ下って行きますと、バス停近くの集落で色々な仕掛け人形さん方に出逢う事が出来ます。
とてもリアルで御座いまして、私は何度か うっかり話し掛けそうになりました……というか、話し掛けました///
「あの…、」
と近寄ったら、突然動き出されたりするので、最初は本っ当〜に吃驚致しました(笑)


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