日本史(主に平安〜鎌倉初期)について。 あくまでも、独り言で御座います。

何をかくねる女郎花、われも憂き世のさがの身ぞ。
小督塚01

京都府京都市右京区嵯峨天竜寺芒ノ馬場町――こちらは、嵐山の小督塚で御座います。

渡月橋北詰の琴聴橋から、徒歩2〜3分といったところで御座いましょうか。
分かりやすいようで、意外に死角になっている感じで御座いますが、気が付けば このように とても綺麗に整備されておりました。
あれ…以前は、もうちょっと荒んだ状態だったような……。

小督塚02

小督塚は、小督様の供養塔で御座います。
見た感じ、とっても近代的な五輪塔で御座いますね。

平清盛様に恨まれ、命の危険すらも感じた小督様は、自分よりも高倉天皇に御迷惑を御掛けする事を嫌って、宮中より この嵯峨野の地に逃れて来られました。
然し、源仲国様によって連れ戻され、再び 秘かに寵愛を受け続けて姫を出産なさいますが、その事が清盛様に露見し、捕えられて無理矢理に出家されられ、追放されてしまいました…。
尼となった小督様は、再び嵯峨野の地に隠棲なさいます。

小督様にとって、この嵯峨野という土地は 縁者の居る土地であったのかもしれませんし、心の傷を癒し ここで生涯を過ごしたいと思わされる土地であったのかもしれません。
小督様が仮隠棲された場所が、この辺りであるという事で、後年 この供養塚が建立されたという事で御座います。

   謡曲「小督」の旧跡

 小督局は、桜町中納言藤原成範の女で、宮中で美女の誉れ高く、高倉天皇(第八〇代、在位一一六八〜八〇)の寵愛を一身に集めていた。
しかし、平清盛の女、徳子(建礼門院)が、中宮であったため、平家の圧迫をおそれて、この地、嵯峨野に身を隠した。
その時の仮住居が、この「小督塚」辺りであったといわれている。
 謡曲「小督」は、天皇の命により、小督局を探しに当地を訪れた弾正大弼源仲国が、秋霧の間に微かに聴える琴の調べを便りに、遂に局の居所を探し得たという物語である。
 今でも、渡月橋の北詰にある石橋は、琴聴橋とも、駒留橋とも呼ばれ、仲国が、相夫恋の曲を聴いたところと伝えられている。
       京都謡曲史跡保存会



謡曲の「小督」には、高倉天皇は御名前だけで登場されません。
小督様を連れ戻すまでの経緯が謡われているので御座いますが、仲国様が主役のように描かれておりますので、平家物語を御存知無い方が聞くと、まるで小督様と仲国様の恋物語のように聞こえてしまうのでは無いかしら…とも思えてしまうような展開で御座います(笑)

シテ「月夜よし。」
   ――シテの男舞。<達拝掛> 
(謡曲「小督」による)


↑小督様に主上の御旨を伝えて、必ず迎えに来る事を約束する別れ際、なんと仲国様は舞を舞われます…!

小督塚03

小督塚の直ぐ裏手には、“小督庵”と記された施設が御座います。
素敵な趣のこちらは、元 料亭であったという事で御座いますが、残念ながら現在は営業をされておられない御様子で御座います。
庭園が非常に美しいという事で、とても気になってはいるのですけれど。
秋になると、御庭からはみ出た紅葉が見事なまでに鮮やかで…気になります。
京都で料亭に入る勇気は御座いませんが(苦笑)、庭園だけでも公開していただければ喜んで参りますのに〜…と、いつも通り掛る度に見詰めております。。

小督塚04

小督様の御墓は嵯峨野では無く、東山に御座います。
小督様の亡くなられた時期や場所等は明確に分かっておりませんが、高倉天皇の御陵のある清閑寺さん近くに、庵を結ばれていたとも伝えられます。
そちらに関しては、また別の機会に記したいと思っております。

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