日本史(主に平安〜鎌倉初期)について。 あくまでも、独り言で御座います。

釣する海人を、見守る恵美須様の御社に。
浦安神社01

こちらは、和歌山県日高郡みなべ町埴田の港近くに御祀りされておりました浦安神社

平敦盛様を御祀りするという、鹿島の敦盛塚を目指すに当たり、鹿島を目前に望む事の出来る この神社に先ず、御挨拶をさせていただきました。
余りに情報の少ない無人島への渡島に少々不安も御座いましたので、敦盛様の塚に手を合わせられますように頑張って行って参ります…との想いも込めて参拝させていただいておりまして。
ですので、鹿島から戻ると、先ずは無事に戻って参りました事を御報告せねば!と、再び御参りをさせていただきました。

綺麗な御社なので御座いますが、小さな御社が道路よりも海寄りで建物の影に隠れる場所に御祀りされている感じで御座いますので、余り目立たない神社では御座います。
海に向かう その雰囲気が何と無く優しくて、あぁ好きだなぁ…と思いました。

浦安神社02

□ 浦安神社(うらやすじんじゃ)

所在地:和歌山県日高郡みなべ町埴田字浜田
御創祀:不詳
御祭神:事代主神
旧 称:埴田恵美須神社


御祀りされていたのは恵美須様であったとされますが、その縁起に関する記録等は残されておらず、勧請の時期等、詳しい事は分かっておりません。
こちらに現存する最古の資料は、享保10(1825)年の田辺領神社堂庵改帳
それによりますと、社領は無く、神主さんもいらっしゃらず、祭礼等は行われていなかったという事で御座います。

宝暦10(1760)年の南部組大指出帳の埴田村の条には、村内の浜辺に恵美須の御社がある事が記録されております。

現在、埴田の恵美須神社は、新町より移転されたという鹿島神社左第二座の恵美須神社に合祀されているという事で御座います。
鹿島神社明細帳によりますと、恵美須神社の御由緒は矢張り不詳。
浦安神社 祭神事代主命 元本社境内末社”と記されており、かつては この辺りも鹿島神社の境内地であった事が伺えます。
鹿島神社が、鹿島に鎮座されていた頃の事で御座いましょうか。
明治10年12月、埴田字浜端より移転、合祀された事が伝えられるようでございます。

浦安神社と恵美須神社が同一であったか否かは、いまいち良く分からなかったので御座いますが、今も海辺に御祀りされている事から、海や釣人の守護神として崇められている事は確かであろうと思われます。
事代主神様は、神話の中で釣りをされておられた事から、恵美須様と同一視されておりました。
良く、大鯛を抱えられ釣竿を持たれた恵美須様の御姿を拝見致しますが、これは事代主神の御話に肖ったもので御座いますね。

浦安神社03

埴田は“はねた”と読みますが、嘉永4(1851)年の紀伊国名所図絵には“はねだ”とあり、漢字では“填田”“羽田”と表記される史料も現存するようで御座います。
然し、埴田の地名に関する最古の文書 高野山文書には“はねた”と記されており、応永4(1427)年の熊野詣日記にも“はねた”とある事から、元々は“はねた”であったのでは無いかなと思われます。
埴田の地に人が住み始めるようになったのは、土器等が発掘されている事から縄文末期以前と考えられております。
縄文末期、弥生の頃の人々は、この土地を どのように呼ばれていたのだろうかと大変興味深く思いますね。

神社前の堤防から、下の港に停まっている船を ぼんやりと見下ろしている時間が楽しかったです。
何だか、地元の海を思い出します〜。
地元は ここよりも、もう少し入口が小さくて狭く、細長い桟橋沿いに船が並んでいるので危険度が大きいのですが(笑)、それはそれでスリル満点で小さい頃から海へ出るのが大好きでした。
あちらこちらに島々の浮かぶ瀬戸内海とは違って、太平洋は何処までも果てしなく海が続いていくように感じますね。

浦安神社04

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