日本史(主に平安〜鎌倉初期)&源平史跡、伝承地巡りの記録。 あくまでも自分の為の記録で御座います。

廣島護国神社。
広島護国神社01

広島城の域内には、大本営跡、それから私の母校の先輩方が大勢亡くなられた中国軍管区司令部跡が御座います。
現在、その司令部跡の直ぐ傍には広島護国神社が御祀りされており、市内中心部に位置している事から、毎年沢山の地元民が初詣に訪れます。
広島東洋カープの選手方が、必勝祈願に参拝される事でも有名で御座いますね。

広島護国神社02

□ 廣島護國神社(ひろしまごこくじんじゃ)

所在地:広島県広島市中区基町
御創建:明治元(1868)年
御祭神:英霊(旧安芸国出身)、広島原爆犠牲者となった動員学徒、女子挺身隊 等
旧 称:水草神社、招魂社、広島招魂社
通 称:広島護国神社


広島護国神社は、戊辰戦争で亡くなられた方々を崇め祀る為に、明治元年に二葉の里に創建された水草霊社に始まります。
以降、終戦に至るまでの戦没者を祀る招魂社として存続され、明治8年に官祭招魂社、明治34年に官祭広島招魂社と改称されました。

昭和9年、御社殿の老朽化によって、西練兵場西端辺りに御社殿を造営し、遷宮。
昭和14年に廣島護國神社と改称されますが、昭和20年8月6日…原爆によって焼失。
前々から、爆心地付近の被爆後写真に、今の広島市民球場の近くに石鳥居が見え、元は神社があったのでは無いかなと思われる部分が気になっていたのですけれど、それが護国神社であると知ったのは、つい最近の事で御座いました。
その後、しばらくは小さな祠が置かれ、御祀りされてこられたようで御座いますが、ヒロシマの復興に伴って移転される事となり、昭和31年に現在地である広島城跡の敷地内に御祀りされる事となりました。
御社殿や境内が整備され、現在に至っております。
毎年8月日には午前10時より原爆慰霊祭が執り行われ、8月15日には英霊感謝祭が斎行されます。

全国の護国神社は、東京の靖国神社同様に、様々な意見、論争が飛び交っておりますが…。
“英霊”を呼ばれる方々が、果たして誠にそうなる事を望まれておられたか。
望まれていらっしゃったかもしれませんし、そうでないかもしれません。
私が戦時中の子供として生まれ育っていれば、確実に そこに祀られる事を目指して日々を励んだ事で御座いましょう。
それは間違っても、“戦争の肯定”と同義では御座いません。
当人に身を置き換えた時、遺族という立場に身を置いた時、そして客観的に考えた時、それぞれの想い、考えを思えば、もっと別の問題が生まれてくると思いませんか。
考えなければならない対象を、見誤っている部分も大きいのではと私には思えてならないのですけれど、今ここでは それ以上 触れずにおきたいと思います。

広島護国神社03

これは、私の身辺のみに当て嵌まる勝手な見解なのかもしれませんが……広島市民は、他地方と比べて かなり神仏、特に神社に対する信仰心が薄いように思えてなりません;
神社好きの私と致しましては、若干寂しいなと感じる部分もあるので御座いますけれど、その大きな理由には原爆投下が挙げられます。
市内には原爆投下によって、消失した小さな社寺等も多いようで…小さい頃には気になりませんでしたが、今にして思えば広島市中心部辺りは、特に神社が少ないなぁと感じます。
実際、原爆に遭って尚も生き延びられた方々というのは、殆どが生きる事に必死だった御方ばかり。
中には勿論、焼けた仏像を大切に祀り直されたり、神仏に祈りを捧げられたり…という方もいらっしゃいますけれど、私が今までに聞いた数々の体験談を振り返ると、
とにかく、自分がその日を無事に生きられるかという事だけで精一杯だった
神様なんかいないと思ったし、居たとしても何もしてくれないんだという事を知った
日本は神の国じゃ言われて育ったのに、あの原爆が落とされて沢山の人が死んで、戦争には負けたじゃないか!
祈るのは、御先祖様と原爆で死んだ親兄弟達だけ
……と、神社や神様に対して、今でも良い印象は余り抱いておられないようで御座いました。
明治期より太平洋戦争終結まで、日本は国家神道を基とした教育が行われておりました。
勿論、現在 神社は国の管理下からは外れた宗教施設として存続されております…が、それを知らない方も多いようで御座いますね;
全国の神社を包括する大きな宗教法人にがあり、それぞれの都道府県には神社庁と呼ばれる機関が御座いますが、“庁”とあるので少し紛らわしいところでは御座いますが、これは あくまでも宗教法人としての組織であり、国によって管理、包括されるものでは御座いません。
ちなみに…ナガサキは元々、キリスト教徒の多い街で御座いましたので、そういう点では全く印象が違うなぁと感じております。

私が、地元での神社に対する意識の低さを感じるのは、神社参拝の意図が随分とテキトーだなぁ;と思わされる時。
現代の感覚でいえば、そんなに極端な御話でも無いのかもしれませんが、初詣に行きたいけど宮島は遠いし、とりあえず交通便利な市内中心部の神社へ行っときたい=じゃあ護国神社でいっか!という感じが何とも……護国神社に御祀りされる御祭神に関する事等は、殆ど認識していないようで御座いますが…そんなものなのかもしれません;;

広島護国神社04

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広島城

私達 ヒロシマっ子にとって、広島城は確かに原爆の恐ろしさを知る場所であり、平和とは何だろうと学ぶ場所でも御座います。
が、広島に生活している私達にとって、広島城は いつでも そういう視点で考える場所という事でも御座いません。
ヒロシマの人間が、戦後の廃墟の中に生きてきた事実は、誰だって知っている事。
良く、原爆資料館で被爆した瓦や焼き付いた影の跡、ケロイドの写真等を見て、躊躇っておられる方を御見かけいたしますが、私たちにとっては どれも幼い頃から身近に在ったものばかり。
資料館にあるものが全てでは御座いませんし、特別でも無かったので御座います。

小さい頃は、広島城の写生大会の常連で御座いましたし、学生になると御花見やピクニック等を楽しむ、行楽スポットとして利用しておりました。
↑なので、私のアルバムには かなりの確率で、広島城が背景だなーという写真が多いです(笑)
広島城へ行けば当然のように護国神社に参拝致しますし、学生の頃はみたま祭の巫女舞に参加させていただいた事も御座います。

今後も、きっと機会があれば また広島城で遊ぶ事も、平和学習をする事も御座いましょう。
何があっても、ここが私にとって とても意味のある場所である事に変わりは無いので御座います。

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Comment

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参拝は近くの神様・・・
護国神社が戦死者祀る神社であることを意識して初詣に訪れるわけではなく、ただ単に交通の利便だけで初詣に訪れる市民が多いことは山形でも同じです。
そのことは昨年の1月2日の記事でも述べましたが、本文中のリンク箇所をクリックすれば、「日本的な品格」が失われた原点が硫黄島の戦いにあることを述べていることをも閲覧していただけます。
それにしてもどううねさんのようなお若い方が戦災(原爆被害を含む)と神社の関係について深く考慮されていることに感激を覚えます。
蝦夷弁のK | URL | 2008/08/16/Sat 16:09[EDIT]
>蝦夷弁のKさん
ぶっちゃけてしまえば、きっと全国的にそういう感じなのですよね(苦笑)
東京に来て、ただ御祭に行きたいというだけの理由で靖国神社の例祭等へ赴かれる方々が多い事に正直驚きました。
良い意味でも、悪い意味でも、“日本人らしい”事かなって私は思っておりますが、参拝するからには そこに御祀りされる御祭神に失礼が無い程度には知っておくべきでは無いのかなぁと思わされる気は致します。
昨年1月2日の記事、拝読させていただきます。
戦争と神道の関わりについて、個人的に思うところはあるので御座いますが、これまで余りブログ上では触れないようにしておりました。
未だ未だ知識も浅く、未熟者で御座いますので、もっと自分の言葉で考えを表現出来るようにならなければと思います。
どうゝね | URL | 2008/08/18/Mon 01:12[EDIT]
今年は護国神社へ
日本の未来の平和のため礎となった戦死者を忘れるような平和学習をやめてほしいと強く思う。今日び、内閣は誰一人参拝される方がいないという異常な光景。
本来ならお年寄りの方たちはもっと敬われるはずが歪んだ教育によって忘れ去られていく。戦争の悲惨さだけじゃなく日本の正義も語らなければ意味がないと思います。
朔の君。 | URL | 2011/08/15/Mon 12:14[EDIT]
>朔の君 様
こんにちは、反応が遅くなりまして誠に申し訳御座いません。
コメント有難う御座いました。
御名前の記入が御座いませんでしたので、“朔の君”様とさせていただいております。御了承下さいませ。

私はヒロシマで平和教育を受けて育ちましたが、御国の為にと戦地へ赴かれて亡くなられた方々の事も沢山勉強させていただいてきました。
学生時代には、学徒動員された方々の事を学び、当時の自分と同い年で……と考える度に心身が震えた記憶が御座います。
初めて広島から出た時には、平和教育を受けている自分と受けていない同世代の方々との認識のギャップに驚き、激しくガッカリさせられた事を今でもハッキリと記憶しております。
私は自分の受けた教育に何よりも感謝しておりますので、平和教育そのものを否定するのは如何なものかと存じます。
ただ、私が子供の頃と現代とではまた平和教育の在り方も大きく変化していると聞いており、それが良い方向に向いているとは言えぬように感じております。

これまでブログには書かないように致しておりましたが、朔の君様が仰る通り、国のトップに立たれる方々が靖国参拝を行われない現状には、私も正直疑問を感じております。
その背景に浮かぶ様々な問題に意識がいかないという事では御座いませんが、それでも御国の為に、死後は靖国神社へ…と、その生命を散らしていかれた方々が御祀りされている事も事実。
何をもって“正義”となすのか…誠意とは何なのか……難しいですが、ひとりひとりがもっとしっかり己の意思を持って考えていくべき問題だと考えております。
どうゝね ひろこ | URL | 2011/09/04/Sun 17:26[EDIT]
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