日本史(主に平安〜鎌倉初期)について。 あくまでも、独り言で御座います。

いづれはみもはて、こうやへ登ると。
金剛三昧院01


高野山は、源平両氏共に それぞれに縁の深かった一大霊場。
西室院さんの多聞苑に伝わる源三代将軍供養塔について記した際、北条政子様が亡き夫 源頼朝様、三男 実朝様の菩提を弔う為に寺院を建立された伝説について少し触れておりますが、その政子様の発願によって創建された寺院が、高野山別格本山 金剛三昧院さんで御座います。

金剛三昧院02


金剛三昧院は、山上のバス通りから少し離れた場所に御座います。
今から約800年程前に建立されたと伝えられる この御寺さんには、国宝、重要文化財に指定される建造物、仏像等が多く存在しております。

入口の山門は文政年間(1818〜1829年)の建造物。
正面からは見えませんが、こちらの梵鐘は重要文化財に指定されております。
日本で16番目に古い鐘なのだそうで 承元4(1210)年の銘が刻まれているそうでございます。

開山当時の面影すら伺える神聖な境内に ひと足踏み込めば、そこはもう 現代社会とは別世界。
何処か 鎌倉の寿福寺にも似た雰囲気を感じつつも、女人禁制である筈の聖域に何故か許されて足を踏み込んでしまえたような…そんな不思議な心地に包まれました。

金剛三昧院03


□ 金剛三昧院(こんごうさんまいいん)

所在地:和歌山県伊都郡高野町高野山
御創建:建暦元(1211)年
御開基:北条政子
宗 派:禅宗→律宗→真言宗(別格本山)
山 号:高野山
御本尊:愛染明王
旧 称:禅定院


金剛三昧院さんの御創建は、建暦元(1211)年。
尼将軍 政子様の発願により頼朝様の菩提供養の為に建立され、当時は“禅定院”と称されておりました。

そして 承久元(1219)年、鶴岡八幡宮にて暗殺された実朝様の遺骨を納めて その菩提を供養する為に禅定院を改築し、この時に“金剛三昧院”と改められました。
その際、実朝様に御仕えされていた安達盛長様の御子息 景盛様は、実朝様の死を受けて出家、高野山に登られて堂塔建立の奉行役を務められたといわれます。
東西2基の多宝塔、大日堂、観音堂、護摩堂、経蔵、僧堂等を造営され、鎌倉と高野山とを結ぶ役割を果たされていたようで御座います。

記録上で、政子様は承元2(1208)年と建保6(1218)年…合計2度の熊野参詣を行っておられます。
頼朝様の没年は正治元(1199)年。
それから9年後の熊野参詣、そして その3年後に頼朝様供養目的で寺院建立。
高野山に寺院の建立を発願された背景には、もしかすると政治的な思惑等も絡んでいたのやもしれませんが、熊野を詣でられた際に高野山の御近くまで行かれたと考える事は出来るような気も致します。
そこで、何かを感じられて 亡き夫への供養を高野山でも行おうと思い立たれた…等と想像致しております。
高野山は当時、女人が立ち入る事の許されない御山で御座いましたので、政子様は御自身が創建された寺院にて直接、夫、息子の御供養する事は叶わぬ事で御座いました。
自らの目には見えず、手すら届かぬ聖地であろうとも、愛する方々の御霊を慰められるならば……政子様の御内心は、如何なものであられたので御座いましょう。

嘉禎4(1238)年、政子様の13回忌に際して足利義氏様が大仏殿を建立。
丈六の大日如来像を奉安され、そこに政子様と実朝様の遺骨を納められたと伝わります。
鎌倉でも政子様と実朝様は共に御墓を寿福寺墓地にされておられますが、こちらでも…で御座いますね。
政子様にとって、実朝様は可愛い末の御子様――長女 大姫様、夫に続き、乙姫 三幡様、頼家様と次々に御身内を亡くされた後は、最後の御子様で御座いましたので…矢張り、並々ならぬ御心があられたのでは無かったのかなと感じます。
女人禁制の頃でも、遺骨となれば高野山の聖域には入れたので御座いますね。

鎌倉幕府との繋がりが深かった事から保護を受け、源家、安達氏、北条氏の他、足利氏等の有力な武家の菩提寺として、篤く崇敬される事となりました。
それによって勢力を強め、山内で最も多い寺領を有しておられた事も伝えられます。
高野山の寺院としては珍しい禅宗寺院として開かれた金剛三昧院さんが、金剛峯寺の院家となるのは、江戸初期の頃であったのであろうといわれております。
山内の寺院群とは離れた位置にある事から、度々の火災でも被害を受ける事が殆ど無く、今も尚、御創建当時の貴重な遺構を拝む事が出来ます。

   金剛三昧院

 源頼朝の妻政子は頼朝亡き後、入道して二位禅定如実となり、先に建てた禅定院を金剛三昧院と改称し、行勇禅師を住持とした。
筑前粥田庄などの荘園を寄進してここに学問をおこした。
境内に勧学院を建て秋田城介泰盛などの尽力によって高野坂の密教経□を刊行して密教学を興した。
境内には国宝多宝塔、重文経蔵、四社明神、客殿等の指定建造物がある。



こちらの御本堂に安置されるのは、愛染明王様。
作者は運慶様。
頼朝様が、御自分と等身大の大きさで彫らせたといわれる念持仏様で御座います。
政子様によって、納められたと伝えられます。

その明王様の両脇には、2基ずつ…合計4基ある御位牌があるそうで御座います。
向かって左側の御位牌が、頼朝様と政子様のもの、右の2つは足利家の御位牌という事で御座いました。

金剛三昧院04


境内の小高い場所には、鎮守社として四所明神社が御祀りされておりました。
こちらの御創建は不明で御座いますが、天文21(1552)年に遷宮された事が、正面方位板裏面に墨書されておられるそうで、重要文化財に指定されております。

御祭神は、高野様、気比様、丹生様、御息様の4柱。
恐らくは、高野山四社明神と呼ばれる神々を御祀りされているので御座いましょう。
本地垂迹説によれば“高野”様は高野大明神大日如来薬師如来阿閦如来、“気比”様は気比大明神千手観音、“丹生”様は丹生大明神大日如来、“御息”様は丹生権現の御息神様で厳島大明神弁才天文殊菩薩であるともいわれております。

四所明神社の麓には、重要文化財の経蔵が御座います。
こちらの建立は、貞応2(1223)年。
中には、重要文化財指定の金剛三昧院木版約500枚が所蔵されているのだそうで御座います。

その直ぐ傍には、“六本杉”と呼ばれる御霊木が…。
鎮守社の近くですので御神木なのかなと思っておりましたが、こちらは火と盗難除の神様が昇天なさったといわれる不思議な謂れの杉の木さんなのだとか。
この木にまつわる秘密は色々とあるのだそうですが、詳しい事は残念ながら存じ上げておりません。
気になってしまいますね。

金剛三昧院05


さて…金剛三昧院さんといえば、国宝 多宝塔!
こちらの御建立も、経蔵と同じく貞応2(1223)年の事。
頼朝様と実朝様の菩提供養の為に、政子様が覚智入道に命じられて建立されたものと伝えられております。

入仏供養は元仁2年10月13日(1225年11月14日)。
政子様は同年の嘉禄元年7月11日(1225年8月16日)に御亡くなりになられておりますので、完成の報告を受ける事は出来なかったようで御座いますね…。
この時、北条時房様が亡き政子様に代わって法要に立ち合われたといわれます。

塔内には、運慶様 御作の五智如来像が安置されており、重要文化財に指定されております。
中尊 大日如来像の首裡には頼朝様の遺髪が、後頭部部分には政子様の御爪と遺髪が納められているのだそうで御座います。

金剛三昧院06


派手な彩色や装飾が施されているという訳でも御座いませんのに、どうして こんなに鮮やかに輝いているのかしら…と暫く見とれてしまう程、美しい塔で御座いました。
この多宝塔は、国内で2番目に古い多宝塔といわれております。

日本に現存する最古の多宝塔は、滋賀県大津の石山寺さんの多宝塔。
こちらも、頼朝様による寄進で御座いますので…御夫婦揃って御立派な多宝塔を今の世まで伝えられておられる事に驚きで御座いますね。
石山寺さんは今年、源氏物語千年紀関連イベントで盛り上がっておられますね〜!
私も便乗したくて(というか おおつ光ルくんに逢いたくて/笑)、先日行って参りましたが、大変な賑わいで御座いました♪
石山寺さんについても、その内記したいと思っております。

   多宝塔
国宝 明治三十三年四月指定

貞応二年(一、二二三)源頼朝 実朝両公菩提の為、頼朝の妻である北条政子が建立。
開眼法要には栄西善次が導師を勤める。
明治四十年解体修理、その後、昭和二十四年、五十三年に屋根葺替。
大津石山寺多宝塔に次いで日本で二番目に古い多宝塔である。



金剛三昧院07


境内中央付近の山側には、天然記念物の石楠花が沢山生えておりました。
こちらの石楠花は樹齢300〜400年という事で、和歌山県の重要文化財にも指定されております。
見頃は5月初旬頃で御座いますので、私の訪れた4月末には未だ未だな感じで御座いましたが、可愛らしく色付いた蕾をぽつぽつと拝見する事が出来ました。

山上の他寺院に比べると圧倒的に立ち寄る方が少ないと感じられる、静かな寺院さん。
その境内には、大きな木に椿の御花が撓わに実っており、紫陽花の御花も綺麗に咲いておりました。
山門外には枝垂桜が見事に咲き誇っており、高野山で無ければ こういった花々と同時期に出逢える事なんて出来無いのでは無いかしらと思うと、何だか不思議な幸福感で満たされる心地で御座いました。

金剛三昧院08


にほんブログ村 歴史ブログへ

Comment

 秘密にする

多宝塔
どうゝねさんの写真、楽しみにしています。まだ見ぬ、多宝塔、羽黒五重塔とも建造物の美しさ、迫力を教えていただきましたよ!
これからもどうゝねさんの感性で捉えた写真を楽しみにしていますが、プレッシャーにならず、いつものどうゝねさんでお願いいたします!
| URL | 2008/06/04/Wed 06:53[EDIT]
恥ずかしながら花の天然記念物があるって始めて知りました(;^^)

杉の木1本とって見ても何かの言い伝えってあるんですねぇ。

植物に神聖な何かを感じ取る、自然とともに生きる時代ですからね何か神秘的な感じですね。

確かに凄い塔ですね、どうやって建てたのか・・昔の人の技術は凄いですよね。
( ^ー^)
GAN | URL | 2008/06/04/Wed 23:52[EDIT]
>宮様
こんにちは、コメント有難う御座います〜。
アップしている写真は かなり画質を落としているのですが、少しでも 私の感動が伝わると良いなぁと思いつつ載せておりますので、そう言っていただけるととても嬉しいです///
写真を撮る事が本当に大好きなので、これからも色々な写真をあげていくと思いますが、よろしければ御付き合いいただけますと幸いで御座います〜。
どうゝね | URL | 2008/06/05/Thu 11:09[EDIT]
>GANさん
木々や花々に神聖なものを感じ取る…目に見えない分、言葉にするのは難しいですが、それを感じて大切に護ってこられた人々の気持ちが今に伝えられているのは、本当に凄い事だなぁと感じます。
植物は自分の足で動き回る事が出来ない分、根付いた土地の事を誰よりも良く分かっていますし、人間や動物よりも ずっと長生きされるものが多いので、古くから信仰の対象にされてきたのでしょうね〜。

現代まで残っている当時の建物は余り多くはありませんが、それでも800年経った今、こうして雨風に晒されながらも屋外で堂々と存在されている事に感動です。
どうゝね | URL | 2008/06/05/Thu 11:35[EDIT]
お花が〜
すごいなぁ・・・!
いろんなお花が一度に見られるなんて、不思議っていうか、私だったらお得!って考えちゃいそう。
枝垂桜も椿もキレイだね〜。
石楠花って、私はじめてみたかも!?
モチヅキ | URL | 2008/06/05/Thu 19:24[EDIT]
>モチヅキさん
はい、どの御花もとっても綺麗で…色んな春の御花に出迎えていただけるようで素敵でした。
あ、私も御得だなぁって考えちゃいましたよ〜。
モチヅキさんも、機会があれば是非1度訪れてみて下さいな〜。
熊野と共に是非!(笑)
どうゝね | URL | 2008/06/07/Sat 01:17[EDIT]
一つのお寺でいろいろな種類の花が見られると
得した気分になります!
どの写真も素敵ですよ!
写真の組み合わせ方もお上手なので
ポストカードのように見えます。
しずか | URL | 2008/08/05/Tue 23:47[EDIT]
>しずかさん
いろんな御花の植えられている御寺さんって、とてもセンス良く奇麗に整えられているところが多くて楽しいですよね♪
写真をついつい沢山撮ってしまうので、いつも無理矢理詰め込んでしまうのですが、そう言っていただけると嬉しいです〜///
たまに、後で見返してみて
「この詰め込み方は酷いなぁ…」
と思わず遠い目をしたくなる事も多いのですが(笑)
どうゝね | URL | 2008/08/08/Fri 20:16[EDIT]
Track Back
TB*URL

Copyright © ■花林 〜小枝の音色に誘はれて〜. all rights reserved.
ホームページ アフィリエイト レンタルサーバー FC2ブログ 専門学校