日本史(主に平安〜鎌倉初期)について。 あくまでも、独り言で御座います。

ほろほろと、きじなくこへの届く墓所。
高野山 法然様墓所01


高野山 奥の院へと続く御参道を奥へ、奥へと進んで行きますと、奥の院よりも少し手前辺りの左手に“法然上人圓光大師墓所”と記された案内と共に、法然様の御墓が建立されております。

こちらの管理をなさっているのは、一の橋寄りに御座いました敦盛様と直実様墓所等と同じく、法然様に御縁と伝わる熊谷寺さん。
熊谷寺さんによりますと、こちらは法然様が 龍華三会の暁に、弘法大師様と仏縁を結ばれる為に梵字と共に“源空”と御自ら諱を刻んで建立された五輪塔という事で御座います。
法然様亡き後、御弟子さん方が御芳骨を この五輪塔の下に納められたと伝えられているそうで御座います。
墓標に“圓光大師法然上人御廟所”と御座いますが、こちらには御霊だけで無く御墓として御遺骨も共に御祀りされておられるので御座いますね。

高野山 法然様墓所02


墓前には、とても立派な高野槙が御供えされておりました。
浄土宗の御開祖として崇められるだけで無く、人としても多くの方々に尊敬され、愛されてこられた人物だという事が伺えるようで御座います。
流石に掻き分けてまで碑銘や形状等を確認するような不躾な事は出来ませんので、静かに御参りをさせていただいて参りました。

徒然草には、法然様の御思想や御人柄さえが垣間見れるような御話が御座います。

 ある人、法然上人に、
「念仏の時、眠にをかされて、行を怠り侍こと、いかゞして此障り除き侍らん」
と申ければ、
「目の覚めたらむほど念仏したまへ」
と答へられける、いと尊かりけり。
 又、
「往生は、一定と思へば一定、不定と思へば不定なり」
と言はれけり。
これも尊し。
 又、
「疑ひながらも念仏すれば往生す」
と言はれけり。
これも又尊し。
 (徒然草 第三十九段による)


確かだと思うから確かであり、不確かな事だと思うから不確かなのである…。
言い換えれば“思い込んだ事が真実”と申しましょうか(笑)
最初に読んだ時は何だか面白く思えてしまい、つい笑いが込み上げてしまった段で御座いましたが、何度も読み返している中で 繰り返される“尊し”に吉田兼好様の法然様に対する篤い尊敬の念を感じ取れるような気が致しました。
仏教の教えに限りませんが、信じる事は全ての力の根源になると思います。
“何かを信じる”という事は、つまり“何かを信じる、自分自身を信じる”という事。
己の心を確立する事が、そこから先の万事へと繋がっていて…だから、自分がちゃんと自分の歩む道を信じ、更には極楽浄土への道をも信じさえしていれば、それが全ての結論なのだと…いう事、を諭されていらっしゃるのでは無いかなぁと解釈しております。
私は未だ未だ未熟な若輩者で御座いますので、見えていない部分は沢山あると思います;
それでも、今ここに居る私が感じ考えている事が、現状では全てで御座いますので……いつか ふと振り返った時に世界が広がった事を実感出来る程度には精進していきたいなと思います(笑)

高野山 芭蕉さん句碑


法然様墓所よりも少し手前には、松尾芭蕉さんの句碑が御座いました〜。
父母の しきりにこひし 雉子の声

この句は、奈良期の僧 良弁様が詠まれた御歌の返しとして詠まれたものといわれております。

ほろほろと 啼は山田の 雉子のこへ 父にやあらん 母にやとおもひしたる

山の中で ほろほろと鳴く雉の声を聞いていると、もしかすると あの雉は亡き父、母の生まれ変わりなのでは無いかと思われるのです…

芭蕉さんの高野山参詣は、貞享5(1688)年と伝えられております。
亡き父母の供養の為の参詣であったといわれており、奥の院へと向かわれる山中、雉の鳴き声を聞いて この御歌を思い出され、御自身の父母を恋しく想う気持ちを重ねられて詠まれた一句なのでは無いでしょうか。

高野山


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Comment

 秘密にする

深いですね、信じれば何でも出来る。

何事をするにも、まずは自分を信じる事が出来なければ何も出来ないですよね。

何かに挑戦して、それを成功させるにも自分を信じぬかなければ成し得ない。

何でも出来ると自分を信じる事で不可能を可能にする、って自分は解釈しちゃいました(笑)(^^)

でも、お墓を維持するのも大変でしょうね、この写真を見る限り自然と一体化していきながら不思議な美しさを醸し出しているのが良いですね♪
GAN | URL | 2008/05/18/Sun 19:54[EDIT]
>GANさん
そうですね〜。
“不可能を可能にする”という事も、自分が信じて行動しなければ、不可能のままですものね〜。
何をやるにも、自分在りてこそ…。
己を信じて生きる事が、最終的に その人の“幸せ”にも繋がっていくように思います。

古い御墓を保つ事は、きっと凄く大変な事と思います。
縁の方や御寺の方々、それから故人を慕い惹かれて参拝する方々の手によって、今まで大切に大切に護られてこられた事が伝わって参ります。
そんな気持ちがまたひとつの見えない形となって、景観と溶け込んでいるのかもしれませんね〜。
どうゝね | URL | 2008/05/19/Mon 21:12[EDIT]
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