日本史(主に平安〜鎌倉初期)について。 あくまでも、独り言で御座います。

高野山に登られた親鸞様の御墓。
高野山 親鸞様墓所01


高野山 奥の院への御参道には、正式な表参道の他に 奥の院まで最短距離で行ける裏参道が御座います。

裏参道の入口は、中の橋。
高野山へ来られる方は先ず奥の院へ御参りに行かれますが、中の橋には駐車場やバス停の終点が御座いますので、どちらかというと こちらから入られる方が半数以上のようで御座いました。

裏参道沿いには各有名企業の墓地が連なっており、ユニークな墓碑や供養塔、慰霊碑等も多く、目をひかれます。
そんな裏参道を、中の橋を背にして進んで参りますと 少しして左手に“親鸞聖人墓参道”と記された案内碑を発見する事が出来ます。

こちらを登った直ぐの場所に、親鸞様の御墓があるという事で、御参りさせていただきました。
短い石段を上ると、緩やかな木の根道が墓所へと導いて下さいます。

高野山 親鸞様墓所02


こちらが、親鸞様の墓所。
西禅院さんによって建立されたと思われる墓標には“見真大師御墓”と表記されておりました。

別格本山 西禅院さんは、親鸞様が修行されたと伝わる高野山の古跡坊。
親鸞様御自身が御作りになられた御尊像を安置されていらっしゃる御寺さんで御座いますが、残念ながら今回は行く事が出来ませんでした。
次回…が、もし許されるのであれば…是非とも参拝させていただきたいなぁと思っております。。

ちなみに“見真大師”というのは、明治9年に明治天皇によって追贈された親鸞様の諡号で御座いますね。

高野山 親鸞様墓所03


御堂の中に、ちょっこりと安置される親鸞様の供養塔。
こちらは…五輪塔で御座いますけれど……何だか、少し変わった形をしているような…火輪の向きや反りが…。
私の勉強不足で御座いましょうか…し、調べておかなくては…;(申し訳御座いません;;)

高野山には熊谷寺さんという御寺さんが御座います。
こちらも、高野山の敦盛様、直実様墓所と共に 今回の高野山詣の目的の御寺さんとして御参りさせていただいて参りましたので近々改めて記したいとは思っておりますが、熊谷寺さんは熊谷次郎直実様だけで無く、法然様、九条兼実様、そして親鸞様の旧跡でも御座います。
熊谷寺さんの御縁起によりますと、親鸞様と兼実様は 建仁元(1201)年 鎌倉幕府3代将軍源実朝様が源平両氏の戦死者大追悼会を営まれた際に、特請を受けられた法然様と共に高野山に登られたという事で御座います。

高野山 親鸞様墓所04


御堂の直ぐ裏手には、小さな石塔が沢山並んでおりました。
これらが全て親鸞様の供養塔として建立されたものなのか否かは分かりませんが、名も無い墓碑のようにも見えますので、もしかすると高野山の奥の院という霊域で親鸞様の御傍に並べられる事を願われた方々の御供養で建てられたものなのかもしれませんね。

高野山>親鸞様墓所05


御堂の隣には、親鸞様の立像が建立されておりました。

元来た道を戻らず、御堂前を進んで行きますと、そちらからも出入が出来るよう石段が設けられており、入口には“見真大師墓参道”と記されておりました。
「みま…だいし?の御墓だって。誰だろう?偉い人かな?」
と覗き込まれている御夫婦を御見かけ致しましたが…“けんしんだいし”で御座いますよー
…とはいえ、確かに一般的には余り“見真大師”とは御呼びしておりませんよね(苦笑)

高野山 親鸞様墓所06


↑3日前の記事に“白蟻除去を主とされる企業さんが とても立派な白蟻さんの御墓を建てられておられたり…”と書きましたが、親鸞様墓所の御近くで御座います〜。
企業さんだと思っておりましたが、良く良く見ると 日本しろあり対策協会さんのしろあり供養碑で御座いました。
しろあり やすらかにねむれ”
……そ、そうで御座いますよね…人間の都合で駆除してしまってごめんなさい…ど…どうか安らかに;;

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