日本史(主に平安〜鎌倉初期)について。 あくまでも、独り言で御座います。

伊勢の神宮、外宮。
本日より師走。
年内に書き残した記事は山程御座いますが、その中で、ど〜うしても年内に書いておかなくては私の気が済まないような気がする!!と思っておりますのが、御伊勢様の事と源氏物語関連な事々…。
源氏物語千年紀は、今年が過ぎれば“千年紀”じゃ無くなってしまいますもの……何か、それらしい関連記事等書けたら良いなぁと思いつつも、殆ど更新せぬままに師走を迎えてしまうとは!
せ、せめて石山寺だけでも年内に書いておきたいかな、とは思っております…が、石山寺は源平史跡に分類すると思います;
御伊勢様は…その、今年の2月当たりに御友達のモチヅキさんよりリクエストをいただいておりまして……あー…書こう書こうと思いつつ、10ヶ月以上も放置をしておりました…。
御免なさい、モチヅキさん…本当に申し訳御座いませんでした(土下座)
で、もう今更かなぁと怯える心を抑えつつも、このまま新年に持ち越してしまうのも恐ろしいので、本日より暫くは御伊勢様と その周辺の神社や史跡等について記していきたいと思います。

神宮(外宮)01


――という訳で、御伊勢参りの順番に従って外宮から。

えぇと…御伊勢様は一般的に“伊勢神宮”と呼ばれておりますが、正式名称は“神宮”で御座います。
神社本庁の本宗で御座いますね。
“神宮”というのは、内宮と呼ばれる“皇大神宮”、外宮と呼ばれる“豊受大神宮”、それから別宮や摂末社、所管社 等を合わせた全ての御宮の総称で御座います。
私は未だ全ての御宮を回れ切れておりませんので、余り詳しい位置関係までは把握出来ていないのですけれど、かなり広域のようで…伊勢市外にまで及んでいると聞いております。

神宮(外宮)02


伊勢の神宮といえば、古くから尊ばれている皇族縁の神聖なる御宮様。
当然の如く、源平両氏とも何らかの接点を持たれていたようで御座います。

↑実は外宮の表参道入口の手水舎向かいには、平清盛様の伝説が伝わる楠さんが立っているので御座いますが……何度も御参りしているにも関わらず、あろう事か写真が見付かりませんでした;
楠さんの樹齢は約800年、程良く素敵な御年齢で御座います(笑)
直径は約3メートル、樹高は10メートル。
この楠さんは、通称を“清盛楠”と呼ばれております。
清盛様が勅使として神宮に参向された折、この楠さんの枝が 清盛様の冠に触れた事から、枝を伐らせた……と伝えられているようで御座いますが…あー…何だか、印象が良い方の伝承では無い御話のようで御座います…ね…。
…年明けには、また初詣に行きますので、その後に さり気なく写真を追加させていただこうと思います(苦笑)

あ…ちなみに平家といえば、忠盛様以下の平家御一門は、伊勢に土着された維衡様にはじまる伊勢平氏の御家系で御座いますね。
津市の伊勢平氏発祥伝承地については以前に記しておりますが、この他にも周辺には平家縁の伝承地が数多く存在しております。
この春までは運転免許を持っておりませんでしたので、中々訪れる手段も見当たらなかったのですけれど、今の私ならば…!と水面下で意気込み始めているところで御座います(笑)

えぇと…源氏側では、源頼朝様が養和2(1182)年に平家打倒の願文を伊勢神宮に奉じられている事が、吾妻鏡に伺えますね。

養和二年二月八日
八日 己酉
被奉御願書於伊勢太神宮、大夫屬入道善信。
献草案、是爲四海泰平萬民豐樂也<云云>。
生倫、著衣冠、参營中賜之。
則進發。
中四郎維重、被相副之。
長江太郎義景爲神寳奉行、同首途、義景先祖、權五郎景政、抽擲重信心。
去永久五年十月廿三日、以私領相摸國大庭御厨、永奉寄神宮之間、彼三代孫、尤可相叶神慮歟之由、被經御沙汰、應其撰<云云>
御願書云、
維當歳次治承六年<壬寅>二月八日配吉日良辰<遠、>撰定<天、>前右兵衛佐從五位下、源朝臣頼朝、禮代御幣砂金神馬等、令捧齊持<天>。天照百皇太神廟前<仁>、恐<天毛>申<天>申<久>。頼朝訪遠祖<波>。神武天皇初<天>。日本國豊葦原水穗<尓、>令濫觴<天>。五十六代<仁>。相當<礼留>。清和天皇<乃>第三<乃>孫<與利>。携武藝<天>。護國家<利>。
居衛宮<天>。耀朝威<須>自爾以來、插野心凶徒征罰<須留>。依勲功<天>。惠澤身<仁>餘<利>。武勇世<仁>聞<倍>。和國無爲<仁志>。有截克調<天>。星霜三百餘歳<仁>覃<布>處、保元年中<與利>。洛陽<仁>兵乱起<留>。時人不訪湯王<乃>化、不存鎮護<乃>誓<須>。犯否<於>押混<天>。賞罰<於>申行<布>間、平治年中<仁>。頼朝無咎過<天>。覃罪科<布>。含愁憤<天>。送春秋<留>處<仁>。前平大相國驍勇<乃>令從黨<天>。去々年<乃>秋、頼朝<於>擬誅<志>日、依有天運<天>。黥布<加>鏑<遠>令遁<留>本自<利>不誤<加>故<仁>。神<乃>冥助<奈利>。而彼平大相國、還<天>頼朝<加>謀叛<乃>由、叡聞<於>驚<須>。即奏事不實<奈利>。披陳<仁>無便<志天>。只仰蒼天<久>間<多仁>。華夷不靜<須>。逆濫重疊<勢利>。厥中<仁>。聖武天皇草創鎮地<乃>後、歴四百餘歳<多留>。蓮宮<遠>令焚燒條、蒼生誰不悲歎哉。凡朝務<遠>押行<比>。郡郷滅亡<須留>。是豈<仁>。非謀叛乎。爰平大相國、俄早世<勢留>。神慮不快<乃>由、露顯<奈利>但頼朝、殊所恐<波>。如風聞<波>。熊野<乃>衆徒號<志天>。姦濫<遠>巧<牟>類等、去年正月<仁>。皇太神宮<仁>。濫入<志天>。御殿<於>破損<志>。神寳<遠>犯用<須>。因茲、御體<遠>。皇太神<乃>御殿<乃>砌<利>。五十鈴<乃>河上<乃>畔<仁>。假奉遷<云云>。亦同月<仁>。彼凶賊等。二所太神宮<乃>御殿、近邊<乃>人宅<仁>亂入<志>、資財<遠>捜取<利>。舎宅<遠>焼失<横留>刻、祠官等、成恐怖<天>。參宮中<天>。令騒動<牟>。此兩條、全頼朝不謬。神明<乃>仰照鑒<久>。方今無事<仁>。遂參洛<天>。防朝敵<天>。世務<遠>如元、一院<仁>奉任<天>。禹王<乃>慈愍<遠>。令訪。神事<遠>如在<仁>奉崇<天>。正法<乃>遺風<遠>令繼<牟>。縱雖平家<毛>。雖源氏<毛>。不義<遠波>罰<志>。忠臣<遠波>賞<志>。賜<倍>。兼又、古今<乃>例<遠>訪<天>。二宮<仁>。新加<乃>御領<於>申立<天>。伊雑宮<遠>造替<志>。神寳<遠>調進<勢牟土>。所祈請<奈利>。抑東州御領、如元<久>。不可有相違<留>由、任二宮注文、染丹筆<天>、奉免畢。此凡不訛謬<須>。百王太神、此状<遠>令照納<天>。上<美>始自政王<免>。下迄于百司民庶<天>。安隠泰平<仁>。令施惠護<天>。頼朝<加>伴類<仁>臻<萬天>。夜<乃>守<利>。日<乃>守<利仁>。護幸<部>。給<倍止>。恐<天>恐<天毛>。申<天>申<久>
 治承六年二月八日 前右兵衛佐從五位下、源朝臣頼朝


大雑把にいえば、内容は 世の中の安泰と万民の豊穰を願うというもの。
清和天皇より続く清和源氏の武士が武名を轟かせていた事で、世の中には安泰が続いておりましたのに、保元の頃から京では戦乱が起こり、正義の区別も無い賞罰を申し行い、平治の乱に際して頼朝は無実の罪を負わされました。苦しみ悲しみに耐えつつも歳月が過ぎていた一昨年の秋の頃、清盛は この頼朝を殺そうと刺客を仕向けて来ましたが、その時 天から運を授かり、矢を逃れる事が出来ました。神は私の正しい行いを認めておられるというのに、清盛は頼朝は謀反人であると朝廷を驚かせました。そして戦乱は広がっていく中で、聖武天皇が草創された国家鎮護の御寺が燃やされ、大くの民が悲しみました。更には、朝廷を我がものとし、全ての国や民を駄目にしてしまう…これこそが、謀叛ではありませんか。神様の不興の証として神垢六爐砲泙靴燭、それでも未だ悪い事を考える連中がおります。去年の正月には、伊勢神宮の御末社である伊雜宮の御殿が壊され、神宝が盗まれました。この為に、御神体は五十鈴川河畔へと仮遷宮されたというでは御座いませんか。また、同じく その月には、内宮外宮の付近に住まう民の家へ強盗に入り、住居に火を付けて神主達は怯えさせました。これらの事件に、頼朝様は無関係である事を、神の御意思に尋ねます。折しも、上洛が決まり、世の中を元通り法皇様に委ねる事となりました。正しい習慣と伝統を取り戻す為に、平家であろうと源氏であろうと正しくないものを罰し、忠義なものには褒美を御与え下さい。また、古今の例に倣って、内宮外宮の両宮に領地を寄付し、伊雑宮の再建を行い、御神宝を寄進させていただく事を誓います。東国領地につきましては、以前の通り、内宮外宮の申請に従って私が命令書を記し、年貢を免除致します。必ずや、間違い無く行いましょう。皇太神宮様、この書状を どうか良く御読み納められ、上は帝から下は百姓庶民に至るまで平和を御守りいただきますように、頼朝と その家来達までも、どうか御守りいただきますように、畏まって御願いを申し上げます”
……という感じでしょうか。

同年12月(1182年12月)には、二宮の神職の方々が鎌倉の為に御祈祷をされた事が、平家から朝廷に提議されております。

寿永元年十二月一日
十二月大一日 丁酉
生倫神主、注進申云、二宮禰宜等、奉同意關東之由、有平家之讒奏、去月之比、公家及御沙汰。
遂爲祠官惱亂歟<云云>


この前の月に、この事が朝廷で議論されたようで御座いますね。
結果は、神職方がおかしいのでは?という感じで終わっているようで御座いますが…;
この事から、情報を平家に流された人物が居たか、神宮内部に平家に精通する部分があったという事が考えられるようにも思えます。
寿永元(1182)年は平家の全盛期を過ぎているといえば過ぎておりますが、それでも未だ平家は中央で政権を握っておられましたので、世の中全体が揺らいでいた時期でもあったようで御座いましょう。
↓翌日の手紙の内容にも、平家に情報が洩れ訴えられた事に驚かれている様子が伺えますね。

寿永元年十二月二日
二日 戊戌
就生倫申状、被遣御書於太神宮禰宜達。
同心頼朝之由、平家訴申事、驚思給者也。
但神者納受道理。
君<毛>遂然御歟。
各不危。
始終祈念給者、東國御領等。
不可有相違之趣、可被觸申二宮也。
 謹言
  十二月二日 二郎大夫
 (吾妻鏡による)


そしてそして…。
義経様側で御伊勢様に縁する御方といえば、伊勢三郎様で御座いますね〜!

此のものを見るに二心なんどはよも有らじ、知らせばやと思召し、
「是は奥州の方へ下る者なり。平治の乱に亡びし下野の左馬頭が末の子牛若とて、鞍馬に学問して候ひしが、今男になりて、左馬九郎義経と申す也。奥州へ秀衡を頼みて下り候ふ。今自然として知る人になり奉らめ」
と仰せけるを、聞きも敢へず、つと御前に参りて、御袂に取り付き、はらはらと泣き、
「あら無慙や、問ひ奉らずは、争でか知り奉るべきぞ。我々が為には重代の君にて渡らせ給ひけるものをや。かく申せば、如何なる者ぞと思すらん。親にて候ひし者は、伊勢の国二見の者にて候ふ。伊勢のかんらひ義連と申して、大神宮の神主にて候ひけるが、清水へ詣で下向しける、九条の上人と申すに乗合して、是を罪科にて上野国なりしまと申す所に流され参らせて、年月を送り候ひけるに、故郷忘れんが為に、妻子を儲けて候ひけるが、懐妊して七月になり候ふに、かんらひ遂に御赦免も無くて、此の所にて失ひ候ひぬ。其の後産して候ふを、母にて候ふ者、胎内に宿りながら、父に別れて果報つたなきものなりとて捨て置き候ふを、母方の伯父不便に思ひ、取り上げて育て成人して、十三と候ふに元服せよと申し候ひしに、『我が父と言ふ者如何なる人にて有りけるぞや』と申して候へば、母涙に咽び、とかくの返事も申さず。『汝が父は伊勢国二見の浦の者とかや。遠国の人にて有りしが、伊勢のかんらひ義連と言ひしなり。左馬頭殿の御不便にせられ参らせたりけるが、思ひの外の事有りて、此の国に有りし時、汝を妊して、七月と言ひしに、遂に空しく成りしなり』と申ししかば、父は伊勢のかんらひと言ひければ、我をば伊勢の三郎と申す。父が義連と名告れば、我は義盛と名告り候ふ。此の年頃平家の世になり、源氏は皆亡び果てて、偶々残り止り給ひしも押し篭められ、散り散りに渡らせ給ふと、承りし程に、便りも知らず、まして尋ねて参る事もなし。心に物を思ひて候ひつるに、今君を見参らせ、御目にかかり申す事三世の契と存じながら、八幡大菩薩の御引合とこそ存じ候へ」
とて、来し方行末の物語互に申し開き、只仮初の様に有りしかども、其の時御目にかかり始めて、又心無くして、奥州に御供して、治承四年源平の乱出で来しかば、御身に添ふ影の如くにて、鎌倉殿御仲不快にならせ給ひし時までも、奥州に御供して、名を後の世に上げたりし、伊勢の三郎義盛とは、其の時の宿の主なり。
 (義経記による)


御出自について、史実の上で確かな事は分かっておりませんが、伊勢神宮の神主の御子様であったと伝えられております。
その時に御父様が義経様の御父様である義朝様と繋がりがあった事から、後の御子様同士の主従関係が生まれたと義経記には記されておりますね。

神宮(外宮)04


□ 豊受大神宮(とようけたいじんぐう)

所在地:三重県伊勢市豊川町
御創建:雄略天皇22年7月7日(478年8月20日)
主祭神:豊受大御神
通 称:外宮


外宮は、神宮の正宮の1つ。
延暦23(804)年編纂の御社伝によりますと、雄略天皇22(478)年 内宮の御祭神である天照大神が天皇の夢の中に出現され、
吾れ一所のみ坐せばいと苦し。しかのみならず大御饌も安く聞こしめさず坐すが故に、丹波国比治の真名井に坐す我が御饌都神等由気大神を我許に欲と誨へさと
と仰られ、これに従って丹波国より等由気大神を御迎えになったと伝えられております。
儀式帳にも“等由気大神”とありますが、古事記には“登由宇気神”と表記されております。
神宮では“豊受大御神”と称されているようで御座いますね。

延喜太神宮式には、“度会宮四座、豊受大神一座、相殿神三座”と記されており、主祭神である豊受大神の他、3柱の神様が御祀りされていた事が伺えますが、その3柱の神様については詳しい事は伝えられていないようで御座います。
現在、神宮では御伴神として、正殿の左右に配祀されておられるそうで御座います。

代々、度会氏が外宮の神職として奉職されてこられました。
鎌倉期に唱えられた伊勢神道では、外宮の御祭神 豊受大神は別名を“御饌都神”といい、“みけつ”の“み”=水=五行でいう水徳であり、水は万物の根源である事から豊受大神は根源神で、天之御中主神国常立尊と同一の神様であると説かれております。
内宮の天照大神は地神の祖、外宮の天之御中主神が天神の祖であるという考えから、実は内宮よりも外宮の方が立場は上であるという事のようで御座いますね。

   豊受大神宮(外宮)

 豊受大神宮には豊受大御神をおまつり申し上げます。
第二十一代雄略天皇の二十二年(西暦五世紀)に天照大御神のご神慮によって丹波の国(今の京都府北部)から、この度会の山田原におむかえしたと言い伝えられています。
 豊受大御神は天照大御神のおめしあがりになる大御饌(食物)の守護神であり私たちの生活をささえる一切の産業をおまもりくださる神様です。



神宮は毎日数々の御祭が行われている事で有名で御座いますが、特に有名なのが日別朝夕大御饌祭では無いでしょうか。
日別朝夕大御饌祭は“ひごとあさゆうおおみけさい”と読みます。
午前8時から午前9時にかけて行われる朝大御饌と、午後3時から午後4時にかけての夕大御饌。
忌火屋殿で忌火と呼ばれる聖火によって調理された神様の御食事を、天照皇大神と豊受大御神をはじめとする神々に奉られていらっしゃいます。
これは毎日、朝と夕に2回、365日欠かす事無く行われている神事で御座います。

   日別朝夕大御饌祭

 外宮の御垣内にある御饌殿において、毎日朝夕の二度、天照大御神をはじめ豊受大御神、両宮の相殿神(同殿にます神)十四所の別宮の神々にお食事をたてまつるお祭が行われます。
これを日別朝夕大御饌祭といい、外宮ご鎮座以来千五百年間毎日続けられているお祭です。



神宮(外宮)05


豊受大御神を御祀りする御社殿の奥には、次回の式年遷宮の御敷地を見る事が出来ます。
式年遷宮については、また近々別の記事に改めて記させていただきます。

神宮(外宮)06


こちらは、外宮正宮の南に位置する檜尾山の多賀宮と、遷宮予定地。
外宮の4別宮の中でも、最古の御宮といわれております。
元々は、丘上に鎮座される事から“高宮”と称されていたようでございますが明治期に廃され、縁起の良い字を当てられて現在の表記になったのであろうと考えられております。
御祭神は、豊受大御神荒魂
外宮と同時の御創祀と伝えられ、主祭神の荒魂を御祀りされている事から、4別宮の中では最も位が高い御宮とされております。
明治期に廃されておりますが、それ以前までは多賀宮専用の忌火屋殿も在ったのだそうで御座います。

多賀宮に参拝するには、土宮と風宮の間の石段を登って行かなくてはならない為、下に遥拝所が設けてあります。
また、多賀宮への御参道には亀石が御座いますが、これは高倉山の天岩戸の入口の岩を運んだものと伝えられているのだそうで御座います。

神宮(外宮)07


こちらは、土宮と遷宮予定地。
土宮も外宮の別宮の1つ、多賀宮へ続く石段の麓に御座います。
御祭神は、外宮の地主神様である大土乃御祖神

神宮の境内別宮は基本的に南面に御祀りされておりますが、土宮は東面なのだそうで御座います。

神宮(外宮)08


檜尾山の麓で、御参道を挟んで土宮の反対側に御祀りされているのが、同じく別宮の風宮で御座います。
遷宮予定地も直ぐ傍に御座います。

御祭神は、内宮 別宮の風日祈宮と同じく級長津彦命級長戸辺命
古くは風社と呼ばれる御末社で御座いましたが、弘安4(1281)年の元寇に際して神風を起こし、日本を守った神様であるとして別宮に昇格されたのだそうで御座います。
確かな御創祀年代は不詳で御座いますが、長徳3(997)年の記録に御社名があったという記述が最古のものという事で御座います。

神宮(外宮)10


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Comment

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うわあああ!
まさか覚えていてくれたなんて・・・!
びっくり!かなり感激なんですけど〜(><)
ありがとう〜vVうれしい!

しかも、すっごいタイミングよくてわ〜い!
実はね、私も初詣じゃないけど、1月に伊勢まいりに行きたいなって思っててね!
本当に感謝です。お勉強させてもらいまっす!
モチヅキ | URL | 2008/12/04/Thu 00:17[EDIT]
>モチヅキさん
いえいえいえいえ…ほ、本当に、も…申し訳御座いませんでした;;
書こう書こうと画像を用意して、放置する事 ■ヶ月……ご、御免なさいー(涙)

あ、1月に御伊勢参りに行かれるのですね〜!
わぁ〜、良かった…。
あんまり参考にならないかもしれませんが、是非楽しんでらして下さいね♪
御土産を期待しております!(←って、私も初詣で行きますが…/笑)
どうゝね | URL | 2008/12/06/Sat 00:54[EDIT]
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