日本史(主に平安〜鎌倉初期)について。 あくまでも、独り言で御座います。

こゝろ浮島ひとめぐり。
浮島01


和歌山県新宮市には、日本最大といわれる“浮島の森”が御座います。
浮島とは――その名の通り、浮いた島で御座いますが(笑)、何度か新宮を訪れていても中々何だか分からず未知の領域で御座いましたので、前回 新宮市内に宿泊した際に 朝イチで訪れて参りました〜。

浮島は 源平史跡では無いのですけれど、源平合戦期の事と伝えられる伝説の史跡…という意味では大変興味深い場所で御座います。

浮島02


浮島の森は、底が植物遺体で出来た沼池に浮かぶ島。
島の大きさは東西に85メートル、南北に60メートルという 一見小さな島のようで御座いますが、浮島としては国内最大級なのだそうで、国の天然記念物にも指定されている植物群落で御座います。

浮島03


浮島には、“おいの伝説”と呼ばれる伝説が語られております。
源平には直接の関わりは無いのですが、この御話の時代は源平合戦の頃なのだそうで…つまり、平安末期という事で御座いますね。

   おいの伝説

 昔、浮島の森は神倉聖の神聖な修行場でした。
 ある日のこと、「おいの」という美しい娘が父と一緒に薪を採りに島に渡り、弁当の箸を忘れたため、「カシャバ」の枝を求めて奥深く入って行き、大蛇に呑みこまれたと伝えられています。
今もその「蛇の穴」という底無しの穴があります。
 「おいの見たけりゃ藺の沢へござれおいの藺の沢の蛇のがまへ」という俗謡を背景に、上田秋成「蛇性の淫」(「雨月物語」)として小説にしています。
 平成五年三月   新宮市



浮島の森公園の正面には、おいのちゃんの可愛らしい像も御座いました。

浮島04


実は私…浮島の森開園時間よりも30分以上前に来てしまいました///
案内板を見ながら、ふんふふ〜ん♪と自分の世界に浸っておりましたら、丁度 バイクに乗って管理人さんがいらっしゃいまして…私を見付けて御声を掛けて下さり、規定の時間よりも随分早くに開けて入れて下さいました有り難う御座いますー

入場前に案内碑に併設されている音声案内で浮島の説明を受け、入場後は道標に沿って、ぐるりと島を外側から見ながら進み、桟橋を渡って入島致します。
桟橋も沼上に浮いておりますので、足から伝わる感覚も浮島気分を引き立ててくれているように感じられます。
ひとりでウキウキしながら進んで参りました♪
楽しかったですー(笑)

浮島05


新宮市内の中心部とは思えない程、島の中には深々と木々が生い茂っておりました。
島内には130種類もの植物が生息しているそうで御座います。
水面には苔が生え、その上には杉や楠の木等も伸び伸びと生えており…不思議な光景で御座いました。

浮島06


↑何だか、普通の山道のように土があって木の根が張られて葉が積もっておりますので、注意書きが無ければ、うっかり降りてしまいたくなる衝動に駆られてしまいます;
危険なので絶対に駄目だと頭では理解しているものの、片足だけでも…と とんでもない事を考えてしまいそうで……自制心を高める精神修行には持って来いな浮島かもしれません(笑)

浮島07


↑ここが、おいのちゃんが大蛇に呑まれてしまったといわれる伝説の底無し沼“蛇の穴”で御座います。
底無し沼といわれましても、正直余り実感が沸かず……管理のおじさんに御伺い致しましたところ、最低でも30メートル位は深いので うっかりハマると生きては帰れないよ〜という事で御座いました。
あな恐ろしや…。。

   蛇の穴

この穴が、心やさしく美しい少女で評判の孝行娘おいのが呑みこまれた大蛇が住んでいるといわれている底無しの穴です。
 「おいのみたけりゃ藺の沢へござれ
     おいの藺の沢の蛇の穴へ」
と俗謡にもうたいつがれており、上田秋成の雨月物語に「蛇性の淫」として書かれております。
   新宮市教育委員会



浮島08


浮島は、何から何まで不思議不思議〜と思っている内に、あっさりと桟橋歩道を渡り終えて1周出来てしまいます。
浮島周辺は普通に市街地で御座いますので、周囲の民家からは いつでも浮島が見える状態なのですね〜。

浮島09


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Comment

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こんばんは。
新宮に魅力を感じていただいていると思うととても嬉しいです。阿須賀神社に浮島の森,神倉山に速玉大社,知らない場所は無いぐらいですね〜。
阿須賀神社の横にある新宮市歴史民族資料館に,神倉山の山頂にあった岩掛け造りの神殿の絵が描かれている絵巻物があります。(それを模して絵を描きました。ブログにアップしています。)そこが楽しいかもしれませんね。
df504 | URL | 2008/03/17/Mon 21:56[EDIT]
>df504さん
こんばんは〜。
新宮は文字からすると新しいような印象を受けるのに、実はとても奥が深くて歴史も古く…大変魅力的です。
もうじき免許も取れますし、いつか落ち着いたら車を買って貯えが出来たら、写真屋さんも多い新宮市に移住したいなぁと本気で考え始めております…新宮から、時々仕事で東京に通う…とか?
……なんて、人生そんな思い通りに進まないとは思うのですが、夢を見るのは得意ですし、夢を見る所から未来は開いていくものと強引に思い込んでみたりしております(笑)

絵、拝見致しました〜。
神秘的な神殿ですね…。
次回こそは新宮市歴史民族資料館の開館時間に訪れてみたいと思いますー。
どうゝね | URL | 2008/03/20/Thu 20:10[EDIT]
見て頂けましたか〜。
お恥ずかしい限りです。私の実家はこの神倉山を真正面に捉える位置にあり,生まれた時からこの岩山を見て育ちました。
よそに行って珍しい山なのだと知りました。神倉のごとびき岩周辺には当時の礎石が並んでおりなぜ再建しなかったのか,残念でなりません。
再建されていれば,今頃「新宮」は何と呼ばれていたのか興味深いところです。
df504 | URL | 2008/03/21/Fri 22:23[EDIT]
>df504さん
はい、とってもあたたかくて、優しい画風が素敵です〜。
小さい頃から神倉山の御神体の元で日々歳月を送られて来たというのは、本当に凄い事ですね。
自分の故郷(広島)に不満がある訳では御座いませんが、単純に羨ましいです〜///
確かに…再建されていたとしたら、新宮は今頃何と呼ばれていたのでしょう……もし再建されて、大きな勢力を持つ聖地となっていたら、熊野の歴史も大きく変わっていたかもしれないですよねー。
どうゝね | URL | 2008/03/23/Sun 22:11[EDIT]
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