日本史(主に平安〜鎌倉初期)について。 あくまでも、独り言で御座います。

八幡様の麓で見守る鎌倉の、
鶴岡八幡宮 白旗神社1


源頼朝様を主祭神とする白旗神社といえば、矢張り鎌倉 頼朝様墓所下の白旗神社…それから、鶴岡八幡宮の境内末社である白旗神社が筆頭に挙げられますね。

鶴岡八幡宮の白旗神社は、鶴岡八幡宮本宮の東側…御本殿へと続く石段の手前を向かって右手に進んだ所に御座います。
朱塗の御社殿や舞殿が大変美しく印象深い鶴岡八幡の境内で、こちらの御社殿は厳格かつ重厚さを感じさせる漆塗の黒色に目を引かれてしまいます。
そこに目立つ金色の装飾や、笹竜胆の御紋がとても鮮やかで……格好良い御社で御座います。

鶴岡八幡宮 白旗神社2


□ 白旗神社(しらはたじんじゃ)

所在地:神奈川県鎌倉市雪ノ下 (※鶴岡八幡宮境内)
御創建:正治2(1200)年
御祭神:源頼朝命、源実朝命


白旗神社は、正治元年1月13日(1199年2月9日)に御亡くなりになられた源頼朝様を御祭神として、正治2(1200)年に 妻 北条政子様、そして御嫡男であり次代将軍となった 源頼家様によって本宮西側に建立されたものと伝えられております。

それから約20年の後、建保7年1月27日(1219年2月13日)に鶴岡八幡境内にて殺害された頼朝様の末の御子様であり3代将軍であられた実朝様の御霊を“柳営社”として裏参道入口脇に御祀りされたようで御座います。
柳営社の創祀は、恐らく政子様によるもので御座いましょう。

頼家様の御霊が御祀りされていないのは何やら物寂しい気分が致しますが、北条氏との関連を考えると、致し方の無い事であったのかもしれません…。

当時、鎌倉御所の年頭拝賀の際は先ず白旗神社に参詣し、その後に鶴岡八幡の本宮に詣でる事が定められていたようで御座います。

鶴岡八幡遷宮記によれば、弘安3年11月14日(1280年12月7日)に鶴岡八幡は焼失しまっており、弘安4(1281)年に再興された際に白旗社も再建されたと記録されております。

こちらの逸話として有名なのが、豊臣秀吉様による参詣の事で御座いますね。
頼朝様の御神像に対して、共に天下を取った友であると実にフレンドリィな御参拝をされたのだとか…実に秀吉様っぽい御話で御座います(笑)

時代は下って 明治20年には御社殿の改修が行われ、翌明治21年に 頼朝様を御祀りする白旗社と 実朝様を御祀りする柳営社が合祀。
御鎮座地を現在の白旗神社の場所へと御遷しになられました。

そして近年 平成16年11月より再びの改修工事が行われ、現在の艶やかな御社殿の完成となったので御座います。

鶴岡八幡宮 白旗神社3


鶴岡八幡宮には色々な境内社が御座いますが、どの御社も独特の雰囲気を保たれているようで、いつ訪れても新鮮な気持ちにさせていただいております。
白旗神社の御社前にて感じる静寂は、気を引き締められるような厳しさと緩やかな時間を感じる事が出来ます。

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