藤沢の白旗神社、頼朝様墓所下の白旗神社に続きまして、本日も 源氏の白旗絡みの御社について記してみたいと思います。

こちらは、鎌倉は鶴岡八幡宮の境内社 旗上弁天社。
鶴岡八幡宮境内に入って直ぐの辺りの御参道両脇には、源平池と呼ばれる池が御座います。
養和二年四月二十四日
廿四日 甲子
鶴岳若宮邊、水田<號絃巻田>三町余、被停耕作之儀、被改池。
専光、景義等、奉行之。 (吾妻鏡による)
吾妻鏡 養和2年4月24日(1182年5月28日)の記事によれば、この辺りには元々弦巻田と号す水田で御座いましたが、頼朝様は耕作を止めさせて ここに放生池を作るようにと専光坊、大庭景義様に命じられたようで御座います。
伝承では、この池を掘らせたのは頼朝様の平家討伐を共に祈願なさった妻 政子様であるといわれており、3島を浮かべて“三”=“産”の言霊を形とした源氏池と、4島を浮かべ“四”=“死”をあらわす平家池を造らせたと伝えられます。
旗上弁天社は、そんな源平池の東側…源氏池中島に建てられている御社で御座います。
池に架けられた朱塗橋の前後には、源氏の印である白旗が幾つも奉納されております。

□ 旗上弁天社(はたあげべんてんしゃ) □
所在地:神奈川県鎌倉市雪ノ下 (※鶴岡八幡宮境内)
御創建:不詳(養和2年以降)
御祭神:弁財天(鎌倉七福神)=多紀理毘売命、市寸嶋比売命、多岐都比売命
源平池造営の年代は養和2年の事と吾妻鏡に伝えられますが、その池上に弁財天様を御祀りされた詳細や経緯については記録されていないようで御座います。
頼朝様挙兵の際に、弁財天様の御霊験があった事に感謝して御社の建立となったと伝えられております。
然し、明治期の神仏分離令によって廃社に…。
本来は仏教の尊格である弁財天様で御座いますが、神道色が強い信仰であっただけに神仏分離後は神社として存続された御社も多く御座います。
こちらもそうであれば良かったのですけれど…残念な事に境内にあった他の堂塔等と共に除かれる結果となってしまったようで御座います……。
それが再建となったのは、戦後 昭和31年の事。
更に、昭和55年には文政年間の古図に基づいた造替がなされ、現在に至っております。

頼朝様の旗上とその後の大願成就に倣って、こちらで旗上祈祷と称する諸願の御祈祷を行われる方も多くいらっしゃるようで御座います。
また、頼朝様と政子様の恋愛結婚の故事と弁天様の御霊験に肖って恋愛成就を祈願される方もいらっしゃると御聞き致しました。

↑こちらは、古来より縁結び、夫婦円満の御霊能が伝えられる 政子石で御座います。
“姫石”とも呼ばれておりますが、元は頼朝様が政子様の安産を祈願された御霊石であるといわれております。
こちらの境内に“政子石”なる霊石が存在する事はずっと知っていたのですけれど、何度訪れても それがどれなのか判らず……最近になって、あぁこれだ!と発見する事が出来ました。
以前は立札での表記は無かったような気がするのですけれど…単純に私が政子石に嫌われているのかもです…(苦笑)

当時は逆であったようなのですが、現在は源氏池側の蓮に赤い花が咲き、平家池側には白い花がついております。
私は、椿、薔薇と並んで蓮の花が大好きで御座いますので、季節には良く写真を撮りに源平池まで出掛けているのですが、こちらで写真を撮っていると色々な方が(特に外人さんが/笑)良く話し掛けて下さいます。
この橋上で記念撮影をされる方も多いので、シャッター押しを頼まれたり…どちらかといえば、平家池よりは矢張り源氏池の方が華やかで人気があるようにも感じますが、平家池では水面近くまで気軽に行ける為 鴨さんと触れ合って和む事も出来ます〜。
元は呪詛的な意を込めて造営されたと伝わる池で御座いますが、綺麗な花が咲く池は ただ単純に好きだなぁと私は感じてしまいます。


こちらは、鎌倉は鶴岡八幡宮の境内社 旗上弁天社。
鶴岡八幡宮境内に入って直ぐの辺りの御参道両脇には、源平池と呼ばれる池が御座います。
養和二年四月二十四日
廿四日 甲子
鶴岳若宮邊、水田<號絃巻田>三町余、被停耕作之儀、被改池。
専光、景義等、奉行之。 (吾妻鏡による)
吾妻鏡 養和2年4月24日(1182年5月28日)の記事によれば、この辺りには元々弦巻田と号す水田で御座いましたが、頼朝様は耕作を止めさせて ここに放生池を作るようにと専光坊、大庭景義様に命じられたようで御座います。
伝承では、この池を掘らせたのは頼朝様の平家討伐を共に祈願なさった妻 政子様であるといわれており、3島を浮かべて“三”=“産”の言霊を形とした源氏池と、4島を浮かべ“四”=“死”をあらわす平家池を造らせたと伝えられます。
旗上弁天社は、そんな源平池の東側…源氏池中島に建てられている御社で御座います。
池に架けられた朱塗橋の前後には、源氏の印である白旗が幾つも奉納されております。

□ 旗上弁天社(はたあげべんてんしゃ) □
所在地:神奈川県鎌倉市雪ノ下 (※鶴岡八幡宮境内)
御創建:不詳(養和2年以降)
御祭神:弁財天(鎌倉七福神)=多紀理毘売命、市寸嶋比売命、多岐都比売命
源平池造営の年代は養和2年の事と吾妻鏡に伝えられますが、その池上に弁財天様を御祀りされた詳細や経緯については記録されていないようで御座います。
頼朝様挙兵の際に、弁財天様の御霊験があった事に感謝して御社の建立となったと伝えられております。
然し、明治期の神仏分離令によって廃社に…。
本来は仏教の尊格である弁財天様で御座いますが、神道色が強い信仰であっただけに神仏分離後は神社として存続された御社も多く御座います。
こちらもそうであれば良かったのですけれど…残念な事に境内にあった他の堂塔等と共に除かれる結果となってしまったようで御座います……。
それが再建となったのは、戦後 昭和31年の事。
更に、昭和55年には文政年間の古図に基づいた造替がなされ、現在に至っております。
旗上弁天社御由緒記
治承四年(一一八〇)八月 源頼朝公は伊豆国に源家再興の旗を上げ 石橋山の戦いに破れて房総に転じ 十月鎌倉に移るや直ちに鶴岡八幡宮を創建し 居館を定めて平家討伐の本拠地とした。
夫人政子は平家滅亡の悲願止み難く 寿永元年(一一八二)大庭景義に命じ境内の東西に池を掘らしめ 東の池(源氏池)には三島を配し三は産なりと祝い 西の池(平家池)には四島を造り四は死なりと平家滅亡を祈った。
この池が現在の源平池である。
そして東の池の中の島に弁財天社を祀ったのが当社の始めで 明治初年の神仏分離の際境内にあった他の堂塔と共に除かれた。
その後昭和三十一年篤信家の立願によって再興され さらには昭和五十五年九月鶴岡八幡宮創建八百年を記念して 江戸末期文政年間の古図に基づき現在の社殿が復元されたのである。
因みに弁財天信仰は 鎌倉時代既に盛んで妙音芸能の女神 福徳利財の霊神として世に広く仰がれている。
当社に祀られていた弁財天像(重文)は鎌倉彫刻の代表傑作で 種々の御神徳が如実に具現された人間味溢れた御神像である。

頼朝様の旗上とその後の大願成就に倣って、こちらで旗上祈祷と称する諸願の御祈祷を行われる方も多くいらっしゃるようで御座います。
また、頼朝様と政子様の恋愛結婚の故事と弁天様の御霊験に肖って恋愛成就を祈願される方もいらっしゃると御聞き致しました。

↑こちらは、古来より縁結び、夫婦円満の御霊能が伝えられる 政子石で御座います。
“姫石”とも呼ばれておりますが、元は頼朝様が政子様の安産を祈願された御霊石であるといわれております。
こちらの境内に“政子石”なる霊石が存在する事はずっと知っていたのですけれど、何度訪れても それがどれなのか判らず……最近になって、あぁこれだ!と発見する事が出来ました。
以前は立札での表記は無かったような気がするのですけれど…単純に私が政子石に嫌われているのかもです…(苦笑)

当時は逆であったようなのですが、現在は源氏池側の蓮に赤い花が咲き、平家池側には白い花がついております。
私は、椿、薔薇と並んで蓮の花が大好きで御座いますので、季節には良く写真を撮りに源平池まで出掛けているのですが、こちらで写真を撮っていると色々な方が(特に外人さんが/笑)良く話し掛けて下さいます。
この橋上で記念撮影をされる方も多いので、シャッター押しを頼まれたり…どちらかといえば、平家池よりは矢張り源氏池の方が華やかで人気があるようにも感じますが、平家池では水面近くまで気軽に行ける為 鴨さんと触れ合って和む事も出来ます〜。
元は呪詛的な意を込めて造営されたと伝わる池で御座いますが、綺麗な花が咲く池は ただ単純に好きだなぁと私は感じてしまいます。
Comment
ココは私にもわかる〜っ!
鶴岡八幡は、私もけっこう良くいくんだよ。
でも政子石には気がつかなかったな・・・;
次行く時は注意してみてみよっと。
そろそろ鎌倉の記事も増やしていくのかな?
どうねちゃんって、鎌倉だけでもかなり色々行ってるでしょ?(笑)
たのしみにしてます☆
鶴岡八幡は、私もけっこう良くいくんだよ。
でも政子石には気がつかなかったな・・・;
次行く時は注意してみてみよっと。
そろそろ鎌倉の記事も増やしていくのかな?
どうねちゃんって、鎌倉だけでもかなり色々行ってるでしょ?(笑)
たのしみにしてます☆
モチヅキ | URL | 2007/12/14/Fri 10:11[EDIT]
人気スポットですよね〜♪
政子石、是非とも探してみて下さいませ。
私もなかなか見付けられなかったのですが、意外とわかりやすいようでわかりにくい御社殿の裏側に御座います(笑)
鎌倉は、かなりしょっちゅう行ってますね〜。
昨日も2時間空き時間があったので、行って来ちゃいましたし。
はい、そろそろ鎌倉関連も増やして行きたいなぁと思っております。
平家についてももっと色々語りたいのですが多分止まらなくなっちゃうので(愛)
政子石、是非とも探してみて下さいませ。
私もなかなか見付けられなかったのですが、意外とわかりやすいようでわかりにくい御社殿の裏側に御座います(笑)
鎌倉は、かなりしょっちゅう行ってますね〜。
昨日も2時間空き時間があったので、行って来ちゃいましたし。
はい、そろそろ鎌倉関連も増やして行きたいなぁと思っております。
平家についてももっと色々語りたいのですが多分止まらなくなっちゃうので(愛)
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