日本史(主に平安〜鎌倉初期)について。 あくまでも、独り言で御座います。

生まれ変わっても、あなたと共に。
平家物語 下卷第十二 卷一
「重衡の斬られの事」

 さる程に、本三位の中将重衡卿をば、狩野介宗茂に預けられて、去年より伊豆国におはしけるが、南都の大衆しきりに申しければ、「さらば遣さるべし」とて、源三位入道の孫、伊豆蔵人太夫頼兼に仰せて、つひに奈良へと渡されける。今度は都の中へは入れられず、大津より山科通りに、醍醐路を経て行けば、日野は近かれけり。この北の方と申すは、鳥飼の中納言惟実の女、五条の大納言国綱の養子、先帝の御乳母、大納言の典侍の局とど申しける。


高松平家物語歴史館>藤原輔子


□ 大納言典侍(だいなごんのすけ)

名前:藤原輔子(ふじわらのすけこorふじわらのほし)
養父:大納言藤原国綱
官位:従三位典侍(最終官位)

平重衡の妻
安徳天皇の乳母
  大納言典侍は出産をしていない為、授乳役では無く教育係。 


平家物語の女性の中で、何処か西洋的といいますか…独特の儚さの中にも現代的な強さを感じる女性といいますか……。
憧れ…では無いのですが、私もこんな風に生きたいな、生きなければ、と感じさせられる所が御座います。

重衡様関連の女性といえば、大納言典侍よりも先ず思い描かれるのが千手前では無いかと思います……(え、私だけ?)
千手に比べると、実は随分と本文中の出番が多い大納言典侍ですが、重衡様にとっては矢張り、他の誰にも代わり等つとまらない程、大切な奥方様だったのではないでしょうか。

大納言典侍で、重衡様関連以外で印象的なのが壇ノ浦での事です。
覚一本では女房たちが口々に悲鳴をあげている感じなので、少々不確かな事ではあるのですが、
「能登殿最期」で二位尼と安徳帝が入水した後、続いて海に飛び込んだ徳子様(健礼門院)を、源氏兵が熊手で髪を絡めとって引っ張りあげる場面で、大納言典侍が、
「あなあさまし、それは女院にて渡らせ給ふぞ。過ち仕るな」と声を上げるのですが、この瞬間の彼女の表情は、平安絵巻の女性とは離れた感じが致しまして……いえ、こういう状況では当然なのでしょうけれど;
こういう絶望的な瞬間だからこそ、口から飛び出たものなのかもしれませんね。

そして直後、彼女は八咫鏡を抱え、入水を試みます。
絶望の時にも責任を伴おうとする彼女は、本当に強いひとだと思います。
彼女の場合も、源氏軍の兵士に袴の裾を射付けられ助けられてしまったので入水は果たせずに終わります。


それから、日野(京都)での重衡様との再会シーンですね〜。
武者より重衡様の来訪を告げられ、「いづらや、いづら(我が夫は何処に)」と慌てて出てくる所は、何とも可愛らしい妻だと思います。
死のうと思ったけれど、まだ生きていらっしゃるとお聞きする貴方に一目御逢いする事があるかもしれないと思って生きてきたと語り、夫にちゃんとした衣を与え、来世での契りを約束……妻として、何と立派な方でしょう。

重衡様詠歌:
  せきかねて 涙にかかる から衣 のちのかたみに 脱ぎぞ替へぬる


奥方(大納言典侍)返歌:
  ぬぎかふる 衣も今はいかがせん 今日を限りの 形見と思へば


契らば、後の世には必ず生まれ逢ひ奉るべし。一つ蓮にと祈り給へ。
その言葉と、詠歌、古い着物、髪をひと房残して、重衡様は奈良へと向かわれます。
御簾からは出れずとも、涙ながらに泣け叫ぶ妻の声が外までも響きます。
今生の別れでした。

その後、重衡様は処刑されます。
仏敵と言われども、その人柄から大変惜しまれた命でったと言われます。

そして、重衡様の御首は、大仏の聖・俊乗坊が奈良の大衆から請い受け、日野の奥方の元へ届けられました。
彼女は夫の首の無い遺体も、引き取っております。
大納言典侍は、法界寺にて夫の亡骸を火葬し、御骨は高野山へ送られたそうです。
日野に御墓を立て、自らは出家して習性菩提を弔われたようです。
出家後は、大原の寂光院へ入り、建礼門院(徳子様)の世話をされ、健礼門院亡き後も仏に向かわれ生涯を閉じられたと伝えられます。

* * * * * * * *

哀れのひととして数えられてはおりますが、平家物語の他の女性達と比べれば、幸せな人生とも言えるのでは無いでしょうか。
幸せの価値観は人それぞれですから、一概に私が彼女の幸福感を位置付けしてしまう訳にはいきませんが、最期に一目逢う事がかなっただけでも凄い事に思います。
現代のように、情報伝達が発達している時代ではありませんから、人伝に聞こえる情報や風の便りが重要だった事でしょう。
そんな中、罪人でありながら、奈良へと送られる途中で日野へ立ち寄り妻との再会が与えられる重衡様の御人柄が目に浮かぶ気が致します。

念願の夫との再会……。
夫が進む、その道の奥に待っているのは、死――のみだと誰もが承知しております。
「行かないで」
そう言えたなら、それを口にする事が出来許されるならば、どれ程に楽だった事でしょう。
御互いに、暗黙の了解のように交わした約束と別れの挨拶は、どれ程に辛い事だったでしょう…。

更に、彼女の印象的な所は、夫の首無し遺体を引き取って弔っている事です。首の方もですが…。
直ぐに、という訳にはいかなかったでしょうから、当然、腐敗は進んでいた事でしょう。
直視…出来たのでしょうか……。
変わり果てた夫の姿は、彼女の目に如何映っていたのでしょう。


“来世で逢い、同じ蓮の花の上で一緒に暮らしましょう”
そんな風に言って下さる方とならば、結婚しても良いなぁ〜と思ったり致しますね(笑)

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こんにちは。
はじめまして。
「大納言典侍」で検索していてこのブログを見つけました。平家物語の女性のうち印象深い人の一人で、なかでも壇ノ浦の「あなあさまし…」がインパクト強くて好きなのですが、この記事でもその台詞を取り上げておられて何だかうれしかったです。

それにしても、とっても情報量の多いブログですね!
じっくり読ませていただきます。e-68
Natsu | URL | 2008/08/03/Sun 00:11[EDIT]
>Natsu様
こんにちは、はじめまして。
コメント有難う御座います〜。

大納言典侍様の「あなあさまし…」の台詞、私も大変印象強く感じております。
自分でも、この状況では声を荒げるだろうなぁと、何となく共感出来てしまう気も致します。

いつも長々と書き綴ってしまうので、色んな意味で重いブログでは御座いますが(苦笑)、よろしければ他の記事等も御覧下さいませ。

Natsu様のホームページ、拝見させていただきました。
「へいけものがたりがたり」、素晴らしいですi-189
御迷惑でなければ、今度とも仲良くしてやって下さいませ〜。
どうゝね | URL | 2008/08/04/Mon 10:35[EDIT]
どうゝねさん、こんばんは。

「へいけものがたりがたり」ご覧になられたのですか〜!ありがとうございます。
迷惑なんてとんでもないですよe-330こちらこそ仲良くしていただけたら、幸いです^^
Natsu | URL | 2008/08/04/Mon 22:31[EDIT]
>Natsuさん
「へいけものがたりがたり」、とても素敵です〜!
是非是非、今後ともよろしく御願いいたします♪
もし、よろしければリンクを貼らせていただきたいです〜///
どうゝね | URL | 2008/08/08/Fri 20:12[EDIT]
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