毎年、5月2〜4日に行われております、赤間神宮の特殊神事――先帝祭。
小さい頃から下関には何度も遊びに来てはおりましたが、先帝祭への参加は今年が初めてで御座いました…;
地元から近い癖に勿体無いなぁ〜と思いつつも、田舎の小娘が気軽に県外に出掛られる訳も無かったもので……関西中心部や関東首都圏のように隣県まで電車で数十分という環境でもありませんでしたし;;
大人になった今だからこそ、成せる事なので御座いますねー。
わぁー!大人バンザイ!!(←……)
毎年、五月二日の御祭神安徳天皇御命日を皮切りとして以後三日間に亘り行われる。
『関の先帝、小倉の祗園 雨が降らねば金が降る(風が吹く)』と古くからぞくようにもある如く祭礼日は数十萬の人出で賑わい、下関市の繁栄は往古以来この先帝祭に在ると言われる。
其の由来するところ壇之浦に平家滅亡の祭、中島四郎大夫正則(伊崎町、中島家の祖)と言へる武士郎党を率いて赤間関西端王城山に籠り、再興を謀りしも機運遂に至らず、漁業を営むに至れり。
やがて例年先帝祭御命日には威儀を正して参拝を続け、今日に至りぬ。
また多数の女官達、赤間関在住の有志にたすけられ、山野の花を手折りては港に泊る船人に売り生計を立つる中に同じく先帝御命日に至るや年毎に閼伽を汲み、香花を手向け威儀を正して礼拝を続く。
即ち上臈参拝の源なり。
爾来連綿として廃絶なく今日さらに殷賑を極め、官女に警固、稚児が従い、上臈に禿の随う美しい列立は遠く平安の昔、宮中に行われし五節舞姫の形に倣い、絢爛豪華なる外八文字道中は実に天下の壮観にして観者の固唾を呑ましめ将に西日本唯一の行事と称えらる。
(無形文化財指定)
上記は赤間神宮略記の記述で御座います。

■5月2日 午前10時……御陵前祭
安徳天皇御陵での神事で御座います。
前日の晩まで東京で仕事をしていた為、遅刻で御座いますー(言い訳…)
予定では9時半には赤間神宮に到着している筈でしたのに、
何処で如何しくじったのか、10時過ぎに到着してしまいまして…凹。
それでも、何とか端の方からコソコソと拝見させていただく事が出来ました。
事後、改めて御陵前で手を合わせて御挨拶をさせていただきました。
いつもは閉まっている扉が開かれているので、覗き込まれていらっしゃる方もおりました。
■5月2日 午後2時……平家一門追悼祭
拝殿での追悼祭で御座いました。
私も全国平家会の会員として参拝致しました。
供養の為の筑前琵琶演奏も御座いまして、素晴らしかったです。
奈良の御寺(念仏寺さん…?)の御住職様も共に御参拝なさっておりまして、
神社と御寺の隔たりを越えての御心に、心底感動致しました。
赤間神宮も神仏分離前は阿弥陀寺と称されておりましたので、
神職の方からも特に御言葉が御座いました。
その後、七盛塚に移動して御正辰祭が行われました。

■5月2日 午後3時……安徳帝正装参拝
七盛塚から本殿の方へ戻ると、いつの間にやら凄い人だかりが…!
一体、何が始まるのかしら?と思っておりましたら、
キャー!?お…主上……ッ!!!
な、なんて 御可愛らしいのでしょう〜
「きゃわゆ〜い
」と心の中でハッスル致しました(笑)
あぁ…乳母になりたーいー…(え?)

そしてそして、麗しき御公達や姫様方の御参拝で御座います〜!
資盛様……可愛かったです

「キャー、経盛様っ!」
「わぁ、重盛様〜!」
……と 御1人通られる度に密かにテンションが上がっていたのですが、
ウキウキし過ぎて写真を撮り損ねたり、
気になる方をストーキングの如く目で追い続けたりしておりまして;
何故か妙に焦っていた私は結局、御一門に扮された皆様が御揃いに
なられた所を観る事が出来ませんでしたー
御公達は、結局 何名いらっしゃったのでしょうか…。
資盛様がいらっしゃったという事は、維盛様もいらっしゃったのかしら!?
経正様とか……敦盛様は……いらっしゃらなかったのかな…???
わー……この辺りは反省しまくりで御座います
来年は、もう少し落ち着いて…余裕を持って参りたいと思います〜。。

■5月3日 午前10時……本殿祭
献花、尺八、舞踊、平家太鼓等の奉納神事が行われ、
その後は特別参拝が続きました。
新入では御座いますが、私も全国平家会の一員として
天橋を渡って本殿参拝を致しました。
拾った方に幸福が訪れますように、と散華を撒きました。

天橋の下や周囲には大勢の人が集まっておりまして、大変賑やかな
雰囲気で御座いました。
天橋の近くまでは、とても近付けない感じでしたので
少し離れた場所から望遠レンズを構えておりました…(笑)

■5月3日 午後1時……上臈参拝
一番振袖太夫から五番振袖太夫による上臈参拝です。
先帝祭のメインイベントとも言われる程に華やかかつ豪快な
注目の的で御座いました。
上臈さん方の行列は、伊崎の西部公民館を出発し、
グリーンモール、豊前田商店街、南部町、赤間本通を通って、
赤間神宮へと到着されたようで御座います。
この御姿で市中を歩かれて来られたのですね〜!凄いですー。
行列は、伊崎の中島家の男性を先頭にして
稚児2人、警固2人、禿2人、上臈1人を1組として5組が続いて
歩かれるのだそうです。

当日、赤間神宮にて配布された先帝祭日程表の裏面には上臈参拝について
下記のように書かれておりました。
いつのころからか先帝の法会のあと、阿弥陀寺の安徳天皇御陵前に平氏の残党と見られるさむらいや女たちの一群がひそかにお参りをするようになりました。
その中にはかつて壇之浦に平家滅亡のとき、安徳天皇の御なきがらを海中より拾い上げてとむらうとともに、山中に立て篭もって平氏の再興をはかろうとしたものの果たさず、今は漁業を営む中村四郎太夫正則というさむらいも居りました。
また女たちはもともと平氏の女官で源氏の目を逃れながら生活のため馴れない花売りに身をやつしているということでした。
いづれも貧しい身なりながら誇り高く手厚いお参りに多くの人の涙をさそいました。
これが上臈参拝の源です。

上臈さんは黒塗りの木履を履き、外八文字という運び方をして歩かれます。
振袖太夫とは、最初の上臈さんの事を指し、
傘止め太夫というのは、最期の太夫さんの事を言うのだそうです。
上臈参拝の後は、5人の太夫さんが天橋の上から
御餅とタオルを撒かれるのだそうで御座います〜。
私は、一番太夫さんの御姿を見た直後に赤間神宮から退散させて
いただきました。
人出が多かった為、中に入れていない方がいらっしゃったようですので…。
ちなみに…先帝祭終了後、彦島の史跡をまわって再び赤間神宮を目指しておりましたら、大歳神社前辺りで素敵なバスを何台か見掛けました。
最初はジープだったと思うのですが(トラック??)、後ろに武者姿の方が大勢乗っていらっしゃいまして…!
その後に続いたバスの中には、姫様や上臈さん等が沢山 御乗車になられておりました〜。
何だか、3月の清盛祭を思い出すなぁと思いつつ、微笑ましく見送らせていただきました♪

小さい頃から下関には何度も遊びに来てはおりましたが、先帝祭への参加は今年が初めてで御座いました…;
地元から近い癖に勿体無いなぁ〜と思いつつも、田舎の小娘が気軽に県外に出掛られる訳も無かったもので……関西中心部や関東首都圏のように隣県まで電車で数十分という環境でもありませんでしたし;;
大人になった今だからこそ、成せる事なので御座いますねー。
わぁー!大人バンザイ!!(←……)
毎年、五月二日の御祭神安徳天皇御命日を皮切りとして以後三日間に亘り行われる。
『関の先帝、小倉の祗園 雨が降らねば金が降る(風が吹く)』と古くからぞくようにもある如く祭礼日は数十萬の人出で賑わい、下関市の繁栄は往古以来この先帝祭に在ると言われる。
其の由来するところ壇之浦に平家滅亡の祭、中島四郎大夫正則(伊崎町、中島家の祖)と言へる武士郎党を率いて赤間関西端王城山に籠り、再興を謀りしも機運遂に至らず、漁業を営むに至れり。
やがて例年先帝祭御命日には威儀を正して参拝を続け、今日に至りぬ。
また多数の女官達、赤間関在住の有志にたすけられ、山野の花を手折りては港に泊る船人に売り生計を立つる中に同じく先帝御命日に至るや年毎に閼伽を汲み、香花を手向け威儀を正して礼拝を続く。
即ち上臈参拝の源なり。
爾来連綿として廃絶なく今日さらに殷賑を極め、官女に警固、稚児が従い、上臈に禿の随う美しい列立は遠く平安の昔、宮中に行われし五節舞姫の形に倣い、絢爛豪華なる外八文字道中は実に天下の壮観にして観者の固唾を呑ましめ将に西日本唯一の行事と称えらる。
(無形文化財指定)
上記は赤間神宮略記の記述で御座います。

■5月2日 午前10時……御陵前祭
安徳天皇御陵での神事で御座います。
前日の晩まで東京で仕事をしていた為、遅刻で御座いますー(言い訳…)
予定では9時半には赤間神宮に到着している筈でしたのに、
何処で如何しくじったのか、10時過ぎに到着してしまいまして…凹。
それでも、何とか端の方からコソコソと拝見させていただく事が出来ました。
事後、改めて御陵前で手を合わせて御挨拶をさせていただきました。
いつもは閉まっている扉が開かれているので、覗き込まれていらっしゃる方もおりました。
■5月2日 午後2時……平家一門追悼祭
拝殿での追悼祭で御座いました。
私も全国平家会の会員として参拝致しました。
供養の為の筑前琵琶演奏も御座いまして、素晴らしかったです。
奈良の御寺(念仏寺さん…?)の御住職様も共に御参拝なさっておりまして、
神社と御寺の隔たりを越えての御心に、心底感動致しました。
赤間神宮も神仏分離前は阿弥陀寺と称されておりましたので、
神職の方からも特に御言葉が御座いました。
その後、七盛塚に移動して御正辰祭が行われました。

■5月2日 午後3時……安徳帝正装参拝
七盛塚から本殿の方へ戻ると、いつの間にやら凄い人だかりが…!
一体、何が始まるのかしら?と思っておりましたら、
キャー!?お…主上……ッ!!!
な、なんて 御可愛らしいのでしょう〜

「きゃわゆ〜い
」と心の中でハッスル致しました(笑)あぁ…乳母になりたーいー…(え?)

そしてそして、麗しき御公達や姫様方の御参拝で御座います〜!
資盛様……可愛かったです


「キャー、経盛様っ!」
「わぁ、重盛様〜!」
……と 御1人通られる度に密かにテンションが上がっていたのですが、
ウキウキし過ぎて写真を撮り損ねたり、
気になる方をストーキングの如く目で追い続けたりしておりまして;
何故か妙に焦っていた私は結局、御一門に扮された皆様が御揃いに
なられた所を観る事が出来ませんでしたー

御公達は、結局 何名いらっしゃったのでしょうか…。
資盛様がいらっしゃったという事は、維盛様もいらっしゃったのかしら!?
経正様とか……敦盛様は……いらっしゃらなかったのかな…???
わー……この辺りは反省しまくりで御座います

来年は、もう少し落ち着いて…余裕を持って参りたいと思います〜。。

■5月3日 午前10時……本殿祭
献花、尺八、舞踊、平家太鼓等の奉納神事が行われ、
その後は特別参拝が続きました。
新入では御座いますが、私も全国平家会の一員として
天橋を渡って本殿参拝を致しました。
拾った方に幸福が訪れますように、と散華を撒きました。

天橋の下や周囲には大勢の人が集まっておりまして、大変賑やかな
雰囲気で御座いました。
天橋の近くまでは、とても近付けない感じでしたので
少し離れた場所から望遠レンズを構えておりました…(笑)

■5月3日 午後1時……上臈参拝
一番振袖太夫から五番振袖太夫による上臈参拝です。
先帝祭のメインイベントとも言われる程に華やかかつ豪快な
注目の的で御座いました。
上臈さん方の行列は、伊崎の西部公民館を出発し、
グリーンモール、豊前田商店街、南部町、赤間本通を通って、
赤間神宮へと到着されたようで御座います。
この御姿で市中を歩かれて来られたのですね〜!凄いですー。
行列は、伊崎の中島家の男性を先頭にして
稚児2人、警固2人、禿2人、上臈1人を1組として5組が続いて
歩かれるのだそうです。

当日、赤間神宮にて配布された先帝祭日程表の裏面には上臈参拝について
下記のように書かれておりました。
いつのころからか先帝の法会のあと、阿弥陀寺の安徳天皇御陵前に平氏の残党と見られるさむらいや女たちの一群がひそかにお参りをするようになりました。
その中にはかつて壇之浦に平家滅亡のとき、安徳天皇の御なきがらを海中より拾い上げてとむらうとともに、山中に立て篭もって平氏の再興をはかろうとしたものの果たさず、今は漁業を営む中村四郎太夫正則というさむらいも居りました。
また女たちはもともと平氏の女官で源氏の目を逃れながら生活のため馴れない花売りに身をやつしているということでした。
いづれも貧しい身なりながら誇り高く手厚いお参りに多くの人の涙をさそいました。
これが上臈参拝の源です。

上臈さんは黒塗りの木履を履き、外八文字という運び方をして歩かれます。
振袖太夫とは、最初の上臈さんの事を指し、
傘止め太夫というのは、最期の太夫さんの事を言うのだそうです。
上臈参拝の後は、5人の太夫さんが天橋の上から
御餅とタオルを撒かれるのだそうで御座います〜。
私は、一番太夫さんの御姿を見た直後に赤間神宮から退散させて
いただきました。
人出が多かった為、中に入れていない方がいらっしゃったようですので…。
ちなみに…先帝祭終了後、彦島の史跡をまわって再び赤間神宮を目指しておりましたら、大歳神社前辺りで素敵なバスを何台か見掛けました。
最初はジープだったと思うのですが(トラック??)、後ろに武者姿の方が大勢乗っていらっしゃいまして…!
その後に続いたバスの中には、姫様や上臈さん等が沢山 御乗車になられておりました〜。
何だか、3月の清盛祭を思い出すなぁと思いつつ、微笑ましく見送らせていただきました♪
Comment
お久しぶりです。
ひろこさん、ごきげんうるわしゅう?でしょうか。
わたくしの方は、
相変わらず、仕事に追われる日々でございます。
職場に行かない日がないという。。。
もし倒れたら、労災きくだろうか。
話はかわって、
おかみ〜〜〜っっっ。
かわいすぎる。
こちらの主上は、近隣のお子さまから選ばれたのでしょうか。
素晴らしい人選ですね。
愛嬌ふりまいててほしいです。
こんなちっちゃな子が入水なんていったら、
そりゃあ物悲しいどころの騒ぎじゃないでしょう!
来年は、ぜったい行きたい〜!!!
でも、ゴールデンウィークは、
次の次の大河の直江兼続を見に、
米沢の上杉祭にも行きたいし。。。
何はともあれ、今年の大仕事を終えてからになりそうです。
旗印には、能登殿やあっつんの名も見えますし、
重盛兄上も見えますし、
(3番目のお一方はどなたかしら?)
新中納言殿に、お目にかかりたいものです。
来年のゴールデンな日々を堪能すべく、
また頑張ります。
仕事しすぎで、
頭がまわらず、文章もなんだか変なテンション。。。
申し訳ありません、お許しくだされ。
それでは。。。
ひろこさん、ごきげんうるわしゅう?でしょうか。
わたくしの方は、
相変わらず、仕事に追われる日々でございます。
職場に行かない日がないという。。。
もし倒れたら、労災きくだろうか。
話はかわって、
おかみ〜〜〜っっっ。
かわいすぎる。
こちらの主上は、近隣のお子さまから選ばれたのでしょうか。
素晴らしい人選ですね。
愛嬌ふりまいててほしいです。
こんなちっちゃな子が入水なんていったら、
そりゃあ物悲しいどころの騒ぎじゃないでしょう!
来年は、ぜったい行きたい〜!!!
でも、ゴールデンウィークは、
次の次の大河の直江兼続を見に、
米沢の上杉祭にも行きたいし。。。
何はともあれ、今年の大仕事を終えてからになりそうです。
旗印には、能登殿やあっつんの名も見えますし、
重盛兄上も見えますし、
(3番目のお一方はどなたかしら?)
新中納言殿に、お目にかかりたいものです。
来年のゴールデンな日々を堪能すべく、
また頑張ります。
仕事しすぎで、
頭がまわらず、文章もなんだか変なテンション。。。
申し訳ありません、お許しくだされ。
それでは。。。
お久しぶりです〜!
はい、私は元気過ぎる程に元気で御座います(笑)
えいりあんさんは、お仕事がお忙しそうで…わー倒れちゃうまで御無理なさらないで下さいねー(><)心配です;;
ね〜、主上 可愛すぎですよね〜vV
多分、近隣の母子の中から時子様か徳子様と共に選ばれたりしたんじゃないかなぁと思うのですが、ナイス人選で御座います!
重盛様の前を歩いている御三方は、前から教経様、教盛様、頼盛様です〜。
「教盛」と「敦盛」って、字が似てますよね……目の前に居ても、一瞬間違えてしまいました;
残念ながら、あっつんはいらっしゃらなかったようで…わーん(涙)
来年は是非是非、行ってみてくださいませ〜♪
下関中がお祭り状態なので、かなり堪能出来ると思いますですー。
あ、再来年大河の直江兼続…そちらも気になりますね〜!
はい、私は元気過ぎる程に元気で御座います(笑)
えいりあんさんは、お仕事がお忙しそうで…わー倒れちゃうまで御無理なさらないで下さいねー(><)心配です;;
ね〜、主上 可愛すぎですよね〜vV
多分、近隣の母子の中から時子様か徳子様と共に選ばれたりしたんじゃないかなぁと思うのですが、ナイス人選で御座います!
重盛様の前を歩いている御三方は、前から教経様、教盛様、頼盛様です〜。
「教盛」と「敦盛」って、字が似てますよね……目の前に居ても、一瞬間違えてしまいました;
残念ながら、あっつんはいらっしゃらなかったようで…わーん(涙)
来年は是非是非、行ってみてくださいませ〜♪
下関中がお祭り状態なので、かなり堪能出来ると思いますですー。
あ、再来年大河の直江兼続…そちらも気になりますね〜!
どうゝね | URL | 2007/05/14/Mon 21:01[EDIT]
Track Back
| TB*URL |
| ホーム |

