
こちらは、栃木県宇都宮市の二荒山神社。
同じく栃木県の日光市にも二荒山神社という同名の神社が御座いますが、日光の二荒山神社は“ふたらさんじんじゃ”、宇都宮の二荒山神社は“ふたあらやまじんじゃ”と読み、御祭神、御由緒等も全く別の神社であるといわれております。
然し、宇都宮氏が座主になる以前までは、日光社と縁の深い下毛野氏と姻戚関係であったといわれ、また両社ともが古くより関東の大社として崇められていた事から、直接的な関連御座いませんが何らかの繋がりがあっても不思議は無いようにも思えます。
社家 宇都宮氏は、藤原北家より繋がる御家系。
藤原宗円様が、この御社の座主であった豪族 下毛野氏と姻戚関係を結んだ事に始まり、平安末期から約500年に亘って関東に その御名を響かせた御家で御座いました。
御祭神 豊城入彦命が武勇の神様として信仰されていた事から、藤原秀郷様、源頼義様、義家様、頼朝様、そして徳川家康様 等々、平安期より多くの武将方が戦勝祈願や寄進等を行っておられます。
ころは二月十八日の酉刻ばかりの事なるに、おりふし北風はげしくて、磯うつ浪もたかかりけり。
舟はゆりあげゆりすゑただよへば、扇もくしに定まらずひらめいたり。
おきには平家舟を一面にならべて見物す。
陸には源氏くつばみをならべて是をみる。
いづれもいづれも晴ならずといふ事ぞなき。
与一目をふさいで、
「南無八幡大菩薩、我国の神明、日光権現、宇都宮、那須の湯泉大明神、願くはあの扇のまなか射させてたばせ給へ。是を射そんずる物ならば、弓きり折り自害して、人に二度面をむかふべからず。いま一度本国へむかへんとおぼしめさば、この矢はづさせ給ふな」
と、心のうちに祈念して、目を見ひらひたれば、風もすこし吹よはり、扇も射よげにぞなたりける。
与一鏑をとてつがひ、よぴいてひやうど放つ。 (平家物語 高野本による)
屋島合戦にて行われた那須与一様による扇の的当ての際、与一様は心の中で神仏に祈る中で“宇都宮”の神様の事も唱えられておりますが、恐らくは こちらの御社の御祭神を指しておられるのでは無いかという事で御座います。
宇都宮の前に“日光権現”とありますし、日光二荒山神社中宮祠も与一様縁の御社として知られております。
下野国の御出身である与一様は、両社共に信仰されておられたので御座いましょう。

□ 宇都宮二荒山神社(うつのみやふたあらやまじんじゃ) □
所在地:栃木県宇都宮市馬場通
御創建:仁徳天皇御代(313年2月14日〜399年2月7日)
主祭神:豊城入彦命
正式称:二荒山神社
旧 称:宇都宮大明神
通 称:御明神様、二荒さん
社伝によりますと、崇神天皇の第一皇子 豊城入彦命が勅命により、東国御治定の為に毛野国に下られ、国土を拓いて産業を奨励し民を慈しまれたという故事に敬服された四世の孫 奈良別王が、曽祖父 豊城入彦命を氏神様として御祀りされた事に始まるといいます。
その際、合わせて御祀りされたのが、国土開拓の神 大物主命、事代主命であったという事で御座います。
当初の鎮座地は現在地より大通りを越えた南側の摂社 下之宮の場所で御座いましたが、承和5(838)年に現在地である臼ヶ峰の明神山に遷座されたようで御座います。
各時代、武将方の篤い信仰を受けられた事は有名で、平将門の乱を平定された藤原秀郷様は、こちらで授かったという霊剣で将門公を討たれたとも伝えられます。
御社は、度々の戦火によって幾度も焼かれておりますが、その度に再建が行われておられます。
現在の御社殿は、宇都宮戦争(戊辰戦争)の際に新政府軍の砲弾攻撃を受けて破壊、焼失されてしまったものを、明治年間に政府により再建されたものなのだそうで御座います。

境内には、御末社 須賀神社、市神社、十社宮、初辰稲荷神社が御祀りされておりました。
須賀神社の御祭神は、素戔嗚命。
市神社は大市姫命、初辰稲荷神社は倉稲魂命。
十社宮には、下野国内の式内社の御祭神が御祀りされているそうで御座います。
初辰稲荷様の辺りで写真を撮っていると、御仕事を終えられた神職さん方が続々と出ていらっしゃいまして、爽やかに御挨拶を交わして下さいました〜。

御参道である石段途中にも、左右に御末社が幾つか並んで建立されておりました。
向かって左側には、素戔嗚命を御祀りする剣宮、菅原道眞公の菅原神社。
それから、國常立神、國狹槌神、豐斟渟神、泥土煮神、沙土煮神、大戸之道神、大苫邊神、面足神、惶根神、伊弉諾神、伊弉冉神、天照皇大神、天忍穗耳神、彦火瓊瓊杵神、彦火火出見神、草葺不合神の12神を御祀りされる十二社が御座いました。
右側には、大山咋神と中津嶋姫命を御祀りする松尾神社、素戔嗚命を御祀りする荒神社、罔象女神を御祀りする水神社が御座いました。

宇都宮の街中にある二荒山神社は、真夜中でも明るくライトが灯されており、遅い時間になっても普通に色んな方々が参拝されておりました。
石段の先に構えられた御神門から眺める宇都宮の景色は、とても都会的なものなのに、何故か不思議と 神社と地域が密着している様が良く伝わって来る場所でもあり…素敵だなと思いました。
宇都宮は、二荒山神社を中心に門前町として発展して来られた街で御座います。
地名であり、市の御名にもなっている“宇都宮”は、一宮が訛って“いちのみや”→“うつのみや”となったという説や、鎮座地が移された御宮である事が祭事等で有名な事から“移しの宮”→“うつの宮”という説、二荒山の神様の現宮“うつつのみや”→“うつの宮”等と…様々な御由来説があるそうで御座います。

宇都宮へは、東北へ旅する際の途中、経過地点として数時間滞在させていただく事が しばしば御座います。
特に何をするという訳でも無く、駅構内の御土産物屋さんを物色したり、栃木県の観光案内パンフレットを収集させていただいたり、本屋さんに入り浸ったりして過ごす事も多いのですが、時間に余裕のある時は、なるべく外へ出て、色々な場所へ行きたいな〜と思っております。
↑これ…は、もしも地元の方や御詳しいの方が御覧になっておられたら、半年も前の御祭じゃん!!と突っ込まれそうな画像で御座いますが(というか、写真に写ってる方々がコートを着ておられますので、誰だって気付くと思いますが…/苦笑)、余り気にしないでやって下さいませ;;
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