日本史(主に平安〜鎌倉初期)について。 あくまでも、独り言で御座います。

濡るるものに、あかき衣をかづきて。
源平関連外の記事が続いておりますが…相も変わらず、私の頭の中は常に800年前を彷徨っているようで御座います。
他愛も無い事を書き連ねるのもブログっぽくて楽しいですが、ちょっと寄り道をし過ぎたような感覚に陥って参りましたので(それは もう激しい禁断症状?が…/笑)、そろそろ源平史跡巡り記録の更新等に戻ろうかと思っております。

――と、その前に…。
割と気付いて下さった方も多いようで嬉しく感じているのですが、最近 自己紹介欄の写真を変更致しました。
何と申しますか、まぁ色んな意味で馬鹿丸出しな私なので御座いますが…これは、先月の後半に鎌倉にて撮影していただいた時の御写真で御座いまして。
撮影してくれたのは、着物&写真好き仲間のまゆみんきみえ
この日は、かなり激しく雨が降っていたのですが、
折角、鎌倉へ行くのだから着物で集合しようね〜!
と前日に話しておりましたので、濡れても良い着物を着て出掛けました。
が…着物集合と言っておりましたのに、なんと2人とも御洋服で登場……裏切られました(笑)

鎌倉

まんまと約束の時間に遅れて鎌倉駅に到着した私は、2人から
イワタ珈琲さんで待ってるよ〜
と連絡を貰い、急いで小町通りへ。

しょっちゅう鎌倉へ出掛けおいて何ですが…実は私、イワタ珈琲さんの人気っぷりを全く存じておりませんでした;
この日も、土砂降りであったにも関わらず、御店の外に長蛇の列が出来ておりまして。
凄いなぁー、何が人気のメニューなのかしらと思っておりましたら、
ホットケェキ、注文しといたよ。
 今、50分待ちなんだって〜

……ホットケェキ…に、50分!?

初めて食べる、イワタ珈琲さんのホットケェキは、とても御立派。
綺麗な丸形にカットされた1枚の厚みには驚きました。
バターとメープルシロップを掛けていただいたのですが、その前に随分 写真を撮ってしまったので、少し冷めて固くなっておりました…悲しき性で御座いますね(苦笑)
でもでも、とても美味しかったです〜♪
3人で1皿注文させていただいたので御座いますが、かなりのボリュームでしたので丁度良い量だったなと思います。

鎌倉

イワタ珈琲さんで予想外に時間を費やしてしまったのですが、どうせ止みそうに無い雨で御座いますし、とりあえず何処かへ移動してみましょうという事になり、先ずは江ノ電で極楽寺へ。
久々に成就院さんへ行きたいなぁと思い立ちまして…。

御寺の方に御了承をいただき、こちらで撮らせていただのが、例の自己紹介欄で使用中の衣被き写真で御座いました。
↑実際、2部式の雨コートの上衣を頭から被っただけで御座いますので、遠目に見ると非常〜に間抜けで御座います…内側で結わえる紐も垂れておりますぞ(恥)
他にも、花林さん(龍笛)と一緒に撮って貰ったり、舞扇を翳してみたり……何でも、好きな事をして良いよと2人が言ってくれるので、ついつい調子に乗って あんな事やら こんな事やら…い、いえ、そんなに危ない事はしておりませんが;///

2人の撮った写真を見て感じたのは、とても優しい作品だなぁという事。
私の写真と比べると、本当に温か味溢れるもので素敵だなと思います。

鎌倉

境内には、白くて美しい曼珠沙華が咲いておりました。
これが、私が今年 初めて見た曼珠沙華。
これを見て、巾着田へ行かなくちゃと思ったので御座いました。

鎌倉

あわわ…いただいた御写真に何を悪戯しておるか…!!!ご、ごめんなさ…い…。
背景は真言宗大覚寺派の成就院さんというのに、冗談でも とっさに“南無阿弥陀仏”と念仏を唱える私は、矢張り浄土真宗の家の出なので御座いますねー。

本当は私も写真を撮る側に徹する予定で御座いましたので、カメラを持参していたのですけれど、どうにも中々撮り手に回る事が出来ず、ここでは大人しく撮られ役に徹しました。
撮られる側に立ってみる事も、撮る側には必要な経験で御座いますよね…モデルとして使えるどうかは考えない事として(涙)

鎌倉

極楽寺駅近くの御地蔵堂で、少し雨宿りをさせていただきました。
ここぞとばかりに、写真を撮りまくる私……。
それでも、この日は200枚位しか撮影出来ておりませんでしたね〜;

鎌倉

極楽寺の後には、腰越 満福寺さんにも少し立ち寄りました。
丁度、腰越のみなとまつりを開催されていたようで、ポスターの義経様と弁慶様のサーファー姿がイケてるわと、秘かに心の中でハッスル致しました…!

鎌倉

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紅く燃ゆるは追慕のこゝろ、水面に乱れる鮮血華。
巾着田01

埼玉県日高市大字高麗本郷の曼珠沙華群生地、巾着田
昨日の記事に、9月末頃の自身の日記を引用しておりますが、その中で
めちゃくちゃ生えまくっている曼珠沙華畑へ行きたい
と書いていた私…。
これは、つまり巾着田へ行きたいという意味だったので御座いました。
ただ…9月後半から今月にかけて、自分でも有り得ないよ…と凹みそうになるスケジュールで御座いまして(涙)
去年、巾着田の存在を知ってから、ずっと今年の この季節を待っていたのに、また私は見送ってしまうのかと思うと、居ても立ってもいられず……ある日の夕方、唐突に仕事を早退して埼玉へと向かっておりました。

巾着田02

巾着田は、日高市内を流れる高麗川の蛇行によって形成された巾着形の平地。
直径約500メートル、面積約22ヘクタールの川に囲まれた広大な敷地に、100万本以上もの曼珠沙華群が紅の絨毯のように一面に咲き乱れるという事で、その開花期間には毎年数多くの方々が遠方より足を運ばれているそうで御座います。

手前の駅までは然程、曼珠沙華の映えている光景を見る事は無かったのですが、電車が高麗駅に近付くと、車窓から ちらほらと賑やかな紅色を見付ける事が出来ました。

高麗駅から巾着田までは、徒歩で15〜20分程度。
途中の道々にも、沢山の曼珠沙華、秋桜を見る事が出来ました。
道脇や川辺は勿論、民家の御庭先にも、普通に沢山の曼珠沙華が植えられているのには驚きました。
本当に、曼珠沙華の郷なので御座いますね〜。

巾着田へ向かうまでには、曼珠沙華を取り扱った売店も御座いました。
なんと、そこには黄色い曼珠沙華も並んでおりまして…!
売り物で御座いましたので写真を撮る事は出来ませんでしたが、生まれて初めて見たなぁと密かに感動致しました。
何と無く、菊の御花にも似た印象を抱きました。

巾着田03

紅い色に導かれるように進み、橋を渡って川を越え、河原沿いに曼珠沙華を追い掛けている内に、気が付けば巾着田の曼珠沙華群生地へと辿り着いておりました。

群生地は、開花期間中は有料で御座います。
時刻は午後4時をまわった頃…急がなくては、日が暮れてしまうと、焦って入場口へ向かいましたが、何故だか そこに係の方はどなたもいらっしゃらず…。
どうしようかと悩んでおりましたら、帰り際に通り掛った巾着田の方が、
どうぞどうぞ、御ゆっくり楽しんで行って下さい〜
と仰って下さり、なんと無料で入れていただいてしまいました///
基本的には午後5時までが管理時間という事のようですが、日暮時には係の方々は撤収されてしまうようで、それ以降は自由に入退場しても良いのだそうで御座います。
私は、てっきり5時になったら出なくてはいけないのだと思い込んでおりましたので、とても慌てていたのですが、夜間でも自由に散策が出来るという事には感動で御座いました!
有難い事で御座います。

巾着田04

私が訪れたのは、開花期の終息間際…早咲き地点では、既に このような状態で、御花は枯れてしまっておりました。
濃厚な紅色が朽ちると、今度は それを支えていた茎の緑の鮮やかさが引立つように思います。
私の周囲で散策されていらっしゃった方々は、枯れた御花には余り興味が無い御様子で奥へ奥へと進まれて行かれましたけれど、私は満開を終えた御花も また美しいものだと思っております。
見事に咲き切った御姿は何にも増して堂々と見え、色褪せる風合いに次の季節への希望を感じさせられます。

先程、巾着田の公式サイト様にて確認致しましたところ、今年の曼珠沙華の見頃は終了してしまったという事で御座いました。
今年は各群生地の開花時期に大きな差が無く、全体的に例年よりも短い曼珠沙華の季節であったようで御座います。
丁度、私が訪れた日がギリギリ満開が楽しめる最後の日であったようで…無理を押し切ってまで強行して良かったな、と思っております。

これから冬に向かって、曼珠沙華は葉が成長を始めるそうで御座います。
紅い絨毯が、今度は緑の絨毯になるのだとか…。
是非、また近い内に訪れてみたいと思います。

巾着田05

更に進んで遅咲き地点に到達すると、そこは最早この世のものとは思えぬ、曼珠沙華の林で御座いました。
御昼過ぎまで降った雨の露を残した花弁や、紅と緑の合間に生える白い曼珠沙華の存在感、何処からともなく聞こえて来る秋の音色。
何と無く…その雰囲気に呑まれていたくて、暫しの間 呆然と立ち尽くして御花の囁きに耳を傾けておりました。

巾着田06

稀で御座いましたが、蕾の御花も見る事が出来ました。
あぁ、これから花弁を広げて天を仰ぐのだなぁと思うと、堪らなく愛おしく……縋り寄りたい衝動に駆られました。

魅惑的な御花には、毒なり刺なり あるもので御座います。
何処か妖艶めいた雰囲気で私を誘う曼珠沙華にとって、私が役に立つ獲物であったら素敵なのに、と意味不明な事まで考えてしまいたくなるのは…私がドMだからかもしれません(笑)

巾着田07

巾着田では、9月30日まで東側駐車場にて曼珠沙華まつりが開催されておりました。
仮設売店に並ぶ郷土物産品や御土産は、私が通り掛った時には片付けを始められておりましたが、ステージのような場所の跡も伺え、ここで色々と賑やかなイベント等が行われたのだろうなぁと想像致しました。

御天気の優れぬ夕方からの散策で御座いましたので、あっという間に日が暮れ、辺りは真っ暗に…;
実は私、こちらを訪れる数日前に一眼レフカメラを新調していたのですけれど、何故か この日持ち出したのは以前から使っているカメラの方で御座いました。
新しいカメラならば、きっと月明かり程度の灯りでも撮影が出来たのだろうなぁ…と微妙に反省をしつつも、これはこれで楽しませていただいたので良かったなと思います。
唯一、心残りを挙げるとするならば……人物が欲しかったな、という事で。
私の心象風景を、いつか1枚の写真に切り取れるように、次の御彼岸を迎えるまでに もっと腕を上げておかねばいけないなと思いました。

巾着田08

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西洋のかほり色づく駅舎の中で。
日光駅01

栃木県日光市――JR日光駅
東京から日光へは東武線の方が早くて便利なのですけれど、母がJRで行きたいと申しましたので、宇都宮経由で のんびりとJR線で行く事に致しました。
実は前回の初日光もJRで参りましたので、私は東武線を利用した事が未だ1度も御座いません;
次回、訪れる機会があれば、その時は自宅から1度の乗換で行けますので東武線にも乗ってみたいと思っております〜。

日光でも、矢張り都内からの来訪者が良く利用する東武日光駅の方が主流になっているようで…バスのターミナルも、JR日光駅から徒歩3分程離れた東武日光駅前に御座います。
ただ、駅舎はJRの方が浪漫を感じられて好きで御座いますね〜。

JR日光駅は、明治23年開業の木造建築。
宇都宮産の大谷石という石を使って建てられているそうで御座います。
夜には綺麗にライトアップされていて、レトロかつハイカラな香りが漂う雰囲気が何とも素敵で御座います♪

日光駅02

日光に到着した時、駅のホームから駅長室が見えたのですが、その御隣に設けられていた貴賓室が特別公開中という事で…!
貴賓室は、大正天皇が日光を訪れられた時に休憩室として利用なさった、広さ約40平方メートル程のシャンデリアや大理石の暖炉、大正天皇が座った椅子等が今も置かれる御部屋なのだそうで御座います。
普段は一般公開されていないという事で、母と これは是非 拝見したいねと話していたので御座いますが、記念入場券を発行されていると記されておりましたので、では日光を発つ際に立ち寄らせていただこうという話になりまして……なのに、あろう事か 日光を発つ際に時間ギリギリに駅に到着してしまった為、結局 観る事が出来ませんでした…残念で御座います;;
後で知ったのですが、どうやらJR利用者は そのままで拝観出来たようで…もっと、良く確認しておけば良かったなぁと思います;

貴賓室には入れませんでしたが、日光に着いた時に改札外の2階に御座います、ホワイトルームに上らせていただきました。
ホワイトルームは、元々は1等客待合室として使用されていた御部屋なのだそうで、とても豪華な感じで御座いました。
丁度、日光の四季フォトコンテストの受賞作品を展示していらっしゃいました。

日光駅03

日光の春夏秋冬を、様々な角度から捉えられた素晴らしい作品から感じる事が出来て、何だか得をした気分で御座いました〜。
前回が冬で、今回が晩夏で御座いましたので、今度は春先か紅葉の頃に季節を感じに来たいなぁと思います。

日光駅04

ホワイトルームは、現在 アトリエやダンスホール、会議室等としても利用されているそうで御座います。
異国情緒溢れる窓際に立つと、何やら儚気な気分に浸りたくなってしまいます…(笑)

日光駅05

明日は、会津若松での事を記したいと思います〜。

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経典の みなもつみたきに おつるなみ。
華厳の滝01

熊野 那智山の那智の滝、茨城県の袋田の滝と共に日本三大瀑布に数えられる御滝といえば…日光の華厳の滝で御座いますね〜。
那智の滝と華厳の滝は、日本三大神滝にも数えられております(もう1つは、兵庫県の布引の滝)

那智の滝を こよなく愛する私は、屡々 那智の滝と一緒に挙げられる華厳の滝を ひと目拝んでみたいと予てより思っておりました。

華厳の滝02

実は、前回のふらっと日光ひとり旅の際に 二荒山神社の中宮祠参拝の為に いろは坂を登って(勿論、バスで/笑)中禅寺湖畔を訪れていた私は、華厳の滝の直ぐ近くまで来ていたので御座いますけれど……まさか中禅寺温泉のバス停から徒歩数分で行ける場所に御滝が存在しているとは夢にも思わず…帰りのバスまでに行って帰れるだけの時間があったにも関わらず、あの時は ぼんやりと時間を過ごしてしまっていたので御座いました;
何処かに道標もあったのでは無いかと思うのですけれど、真冬の事で御座いましたので、周囲には誰もいらっしゃらず、御店も総閉店状態で、看板等の類は殆ど雪の下に埋もれておりました…。
とにかく寒くて不安だったという記憶で一杯の中禅寺湖で御座いましたが、今回の再訪で 中禅寺湖畔の雰囲気は季節によって がらりと印象が変わるのだなぁと吃驚致しております(苦笑)

母も私も初めての、華厳の滝。
中禅寺温泉でバスを下車し、他の観光客の方々の後ろに付いて進んでいきますと、まるで電車の駅のように立派なエレベーター乗場が御座いました。
ここから、滝壷近くの観爆台へと降りられるようになっております。

華厳の滝03

エレベーターは堅い岩盤を刳り貫いてシャフトを通されているそうで御座います。
なんと創業78年という事で…そ、そんなに以前から設置されていたという事に驚いてしまいます///
私の祖父母――つまり 母の両親が、数十年前に祖父の定年記念旅行で華厳の滝を訪れたそうなので御座いますが、その時には恐らく現在と同じような環境で御滝を観る事が出来ていたのだなぁと思うと、とても不思議な気持ちで御座います。

エレベーターの高低差は100m、約60秒で下階へ到着し、そこからトンネルのような通路を通って観爆台を目指します。

華厳の滝04

さぁ、いざ 観爆台へ!!!
………と意気込んだは良いものの、外は物凄い豪雨で御座いまして;
雨なのか霧なのか水飛沫なのかマイナスイオンなのか(え?)…白く霞んだ視界に、御滝の全貌を はっきりと確認する事は容易では無く、おまけに観爆台の上は傘を差さねば ずぶ濡れになってしまう場所ばかりで御座いましたので、中々 思うように写真が撮れる感じでは御座いませんでした。。

然し。
晴女の私は、前日の天気予報で“1日中、雨でしょう”と言っていたにも関わらず、少し待てば必ず晴れると予言…!(笑)
母も、折角ここまで来たのだから、出来れば もっと しっかり御滝を拝みたいと、売店の傍で雨宿りをしつつ待ってみる事に致しました。

さて…待つ事、約10分位だったで御座いましょうか。
根拠の無い私の予言は的中し、見事に青空が広がりました〜!
図々しい私は、心の中で“流石は私!”と秘かに自画自賛を致しました。
思い込みって、大切ですよね☆…「信じる心が、力になる」というキャッチが、昔 放送されていた某アニメ番組に御座いましたっけ(笑)

華厳の滝05

雨が上がると、周囲に居た方々も嬉しそうに御滝の良く見える場所に集まって来られました。
どの方も、皆さん とても爽やかな笑顔が素敵だなぁと感じました。

華厳の滝は、男体山の噴火によって堰き止められた中禅寺湖の御水が流れ出る、唯一の流出口 大谷川にある御滝で御座います。
発見されたのは、日光山開山の勝道上人と伝えられており、華厳経から その御名をいただいて名付けられたという事で御座います。
落差は97m、日光でいちばん有名で人気の御滝で御座いますね♪

華厳の滝06

…という訳で、改めまして 再度の記念撮影を致しました。
先程までの大雨で、御滝の水量は かなり増水しておりましたので飛沫が凄く、背景は少し霧掛かった感じのままになりました。
それだけ勢い良く大量に御水が落ち続けていたという事で御座いますね〜。

華厳の滝07

華厳の滝を訪れる前日、宿泊先の御宿で日光の滝について調べていたので御座いますが、華厳の滝は“自殺の名所”としても有名だったので御座いますね…。
初めて知った…と驚いていたら、母が
えー…有名よ。
 那智の滝だって、そうじゃろ?

と言いましたので、
な…っ!?? 那智の御滝は、那智山の信仰の源…御神体ですよ。
 自殺だなんて、とんでもない…!
 第一、御滝の上は聖域じゃけぇ一般人は立入出来んし、滝壺近くまでは入れるけど、飛瀧神社で拝観手続きが必要なんじゃけぇ;

と慌てて答えてしまいました。。
何と畏れ多い事を口にする母で御座いましょう…(涙)

でも…寺社等が直接管理していたり隣接している訳で無いとはいえ、華厳の滝も また神滝なので御座いますよね。
教典の御名を持つ神滝に飛び込む――もしや、補陀洛信仰に通じるものが…?
等と考えつつ 調べてみますと、記録上 最初に投身されたといわれているのは、明治36年5月下旬の事。
18歳の一高生 藤村操さんという男性が、直ぐ傍の樫の木に遺書を刻み付けて自殺されたのだそうで御座います。
藤村さんの遺されたという遺書は“巖頭之感”と題されていた御様子。
それは、“悠々たる哉天壊、遼々たる哉古今、五尺の小躯を以て此大をはからむとす。ホレーショの哲学、竟に何等のオーソリチィーに値するものぞ。萬有の真相は唯一言にして 悉す。日く「不可解」。我この恨を懐いて煩悶終に死を決するに至る。既に巌頭に立つに及んで胸中何等の不安あるなし。始めて知る大なる悲観は大なる楽観に一致するを。”という内容で御座いました。

その後、藤村さんに倣うように ここで自殺を図られる方が急増し、“自殺の名所”と呼ばれるに至ったようで御座いますね。
正直、気持ちが解らないという事は御座いません。
ただ、分かるからこそ許せないという部分も否めませんね。

“死にたい…”とか“死のうと思う”と口にする方と遭遇する事は、余り珍しくは御座いません。
そんな言葉を告げられる度に、どうして それを私に言うのだろうかと いつも考えます。
私は、何故か幼少時から自殺願望の強い子供で御座いました。
願望というよりも、18歳になったら そうしなければいけない運命なのだと思い込んでいた感じで御座いますね;
小さい頃は漠然と そんな風に中途半端な自殺への意志を抱いておりましたが、矢張り精神的に不安定になる思春期には、それが待ち切れなくて どうすれば1日も早く この世から居なくなれるのだろうかと毎日もがくような思いで過ごしておりました。
家庭環境の事情等もあり、自分の存在意義を問う日々と、激しい現実逃避に走る日々を繰り返し……そんな、ドロドロとした長く暗い暗い洞窟の中、私を救ってくれたのは学校の心友達で御座いました。
狭い小さな世界しか知らなかった私に、人も色々なのだと最初に教えてくれたのは、彼女達の優しさや素っ気無さ。
人間、落ちる所まで落ちてしまえば、後は上って行くだけの事で御座います。
下りは確かに早くて楽だった…それは、自分自身への甘えがあったからで御座いましょう。
上り坂が厳しいのは当然の事で、再び転げ落ちてしまう程に弱いのであれば そこで落ちて死ねば良い――それでも、上を見る事を諦めない気持ちを持っているのであれば、確実に元居た場所よりは前へ、上へ、進んでいる筈なので御座います。
これを綺麗事だと仰る方は、単純に根性無しなので御座いましょう、と私は思っております。
もう、生きているのが辛い…死にたい
そんな弱々しい声を聞く度に、私は
そうなんだ、残念だね。
 今まで どうも有難う

と答えます。
生きる気力の無い方を、引っ張り上げるだけの力も理由も、私は持ち合わせてはおりませんもの……でも、本当に“よし、死のう!”という決意があるのであれば、そんな風に弱々しく他人に申し出たりする必要は無いと思うので御座います。
それを私に話した、という事は、つまり 思い切れない理由が御本人の内側にあって、そこから脱出する為の血路を探している途中に思うのが“自殺”という選択肢だったのでは無いかな…と。
私は見た目、割と優し気な雰囲気の人間に見えるのだそうで御座います…とんでもない過大評価で御座いますね(苦笑)
そんな私に心の内を告げたら、あっさりと切り捨てられたような言葉を吐かれて……大抵の子は、
じゃあ、どうしたら良いの!?
と泣き出してしまいます。
どうにかしたい、頑張りたい…“死にたい”の裏側には、諦め切れていない希望が隠されているので御座いますね。
もしも、自分から手を伸ばす事が出来るのならば、私は 微力ながらも全力で引き上げてあげたいと思います。
私も あの時引っ張り上げてくれた心友達が居たからこそ、今 東京に居て、こんな風に母と旅行に出掛けたり、史跡巡りに励めたり、毎日ブログを更新したり出来ているので御座います…思えば、ひとりの人間の命とは 誠に奇跡のような存在で御座います。
今ならば…今だからこそ、あの辛い闇や葛藤の過程は 私に必要だった試練であり、それを今、このように思い返せているという事が、自分の“成長”というものなのだろうなと…幾つになろうと、人は諦めなければ何処にだって行けると思うので御座います。

……なんだか、とても話が飛んでしまいましたが;(勝手な意見ばかりで申し訳御座いません)
華厳の滝を訪れて、とても綺麗だなと感じられた場所を、自らの死に場所にされた方々がいらっしゃる事実を思い、複雑な気持ちで御座いました。

華厳の滝08

エレベーターで再び地上へと戻り、今度は無料の展望台から御滝を拝見致します。
本当に、吃驚する程に天気が回復しておりましたので、こちらにも沢山の方々がいらっしゃいました。

華厳の滝09

ここからは、華厳の滝を見下ろすように観る事が出来ます。
あぁ御瀧の上部分は、こんな風になっていたんだなぁ〜とか、那智の滝は上から観る事が出来ないけれど、矢張り迫力なのだろうなぁ〜とか…微妙にズレた事を考えたりもしておりました;

華厳の滝の中段部分からは流れ落ちる伏流水は、十二滝と呼ばれているそうで御座います。
何に例えたら良いのか、丁度良いものが浮かんでは来ないのですけれど…細く白い線を幾重にも重ねて落ちる様は、見ていて飽きの来ない光景で御座いました。

華厳の滝10

華厳の滝を満喫した後は、丁度 御昼時という事で、道路を渡った向かいの御店で名物の ゆばを食しました〜。
私が注文したのは、日光駅前にも看板が出ていて妙に気になった ゆばラーメン。
分厚く重ねられた ゆばの食感が何とも言えず、癖になりそうで美味しかったです♪

母は、普通にランチの定食を頼んでおりましたが、おかずに ゆばコロッケが御座いました。

中禅寺湖

その後、中宮祠方面へ歩きながら中禅寺湖の畔を散策して、日光駅へと戻りました。
日光駅に到着し、駅舎に入った途端、再び激しい豪雨が…!
私達にとっては、実に都合の良い御天気で御座いました(笑)

華厳の滝11

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母と詣でる、二社一寺。
母と日光01

今月初めの連休を利用して、出張で東京に滞在していた母と3泊4日の旅行に行って参りました。
行先は、日光と会津若松。
日光で1泊し、会津若松には2泊して、じっくりと色々な場所を観てまわる事が出来ました。

母にとっては、両地共に未知の土地。
去年の1月に日光を訪れていた私は、2度目の日光で御座いました。
会津若松は、以前 行く予定があり、切符等も全て手配済みで御座いましたのに、当日の朝になって行けなくなった…という悲しい過去が御座いまして……今回は、ついに念願叶っての若松行きで御座いました。

ひとり旅では無いと浮かれて沢山写真を撮ってしまうので(ひとりでも随分大量に撮りますが…)、本日は 日光二社一寺参拝の想い出を書き記しておきたいなぁと思います。

母と日光02

日光駅傍のホテルから徒歩で20分程度…御神橋を越えて、杉林に挟まれた御参道を通り、輪王寺さんの拝観受付所で共通拝観券をいただいて参拝を致しました。

↑日光東照宮といえば、神厩舎の三猿さん!
私の母は申年の生まれで御座いますので、やたらと親近感を覚えている様子で楽しそうに見えました。
三猿御神籤も引いておりました〜。

病み上がりだった私は、初日から2日目の午前中、なんと ずっとカメラの設定に触れる事無くボーっとシャッターを切っていたようで……日中のスナップにも関わらず、シャッタースピードを1/15で固定したまま何百枚も撮影しておりました…わあぁん!!信じられないぃぃー…凹。
そんな訳で、日光で撮影した写真は、出力するには かなり無謀な手ぶれパラダイス的ショット…という微妙なものだらけになってしまいました;
ブログの写真が粗いのは、いつもの事で御座いますね(※ファイル軽量化の為、低画質でアップしております/苦笑)

母と日光03

天気予報では雨という予報で御座いましたが、朝 起きると青空が広がっており、とても澄み切った清々しい御天気で御座いました。
地面や石畳は前夜から明け方にかけて降った雨で未だ濡れていて、燈籠の苔がしっとりと瑞々しく濡れており、日の光を浴びてキラキラと輝いているようで御座いました。
そして、東照宮の きらびやかな陽明門の鮮やかさが、眩いばかりに神々しく…。
母は、
うわー、こりゃあ凄いね…!
 想像以上じゃったわ

と暫らく呆然と見詰めておりましたが、あぁこれって 私が最初に ここを訪れた時と同じ反応だなぁと思い、秘かに嬉しい気持ちになりました。

東照宮は今、拝殿の大修理を行っていらっしゃるようで御座います。
拝殿床下の工事中では御座いましたが、その様子を御本殿、拝殿内部から直ぐ近くで拝見させていただく事が出来ました。
私は、拝殿内に掲げられている歌額を母にも見せたかったなー…と少し残念な気分だったので御座いますが、母は もう2度と来られる事は無いかもしれないけれど、こういう状態の時に居合わせた事も、滅多に無い素晴らしい経験だと申しておりました。

母と日光04

日光東照宮といえば!三猿さんと並んで有名な彫刻 眠り猫さんで御座いますね〜。
眠り猫さんは、江戸期の名匠 左甚五郎様の御作と伝えられる国宝の猫さんで御座います。
立派で格好の良い国宝は多々あれど、こんなにも可愛らしい国宝が他に在るかしら!?と思わされる程に、生々しくも普通に眠っている眠り猫さん…時々、目を覚まして御散歩に行かれるといいますが、是非とも遭遇してみたいもので御座いますー///

そしてそして、眠り猫さんの裏側には 可愛い可愛いチュンチュンの御姿がー!!!
私が どれだけ雀ちゃんという存在を愛してやまないか…という事等は、最早 今更では御座いますが、雀ちゃんは世界で最も可愛らしい生き物で御座います。
眠り猫さんで まったり〜と和ませていただいて、裏側に抜けると 雀ちゃんに夢中になる事が出来て…最高の癒し ときめきスポットで御座いますね。

…雀ちゃんといえば、日光へ向かう途中に雀宮駅を通過した際、その駅名に母が
へぇ、雀の御宮だって〜。
 “雀の御宿”があったりして?

と言ったので、藤原実方様と その奥方の女性、それから実方雀伝承が残る雀宮神社が雀宮の地名の由来になっておりますよ(他にも諸説御座いますが)と申しましたら、この子は一体 何処へ向かっているのかと驚いた表情をしておりました…マニアックな娘で申し訳が御座いません;

母と日光05

眠り猫さんが護っていらっしゃる、東回廊の御参道入口から坂下門を抜け、東照宮の御祭神 徳川家康公の墓所である奥社へと向かいます。
奥社御参道の石段に積まれた踏石は、全て1枚石が使用されており、凄い事だねと話しながら上へ上へと上って行きました。

奥社拝殿へ御参りをし、鋳抜門の奥にある宝塔の背後へまわって1周致します。
宝塔に納められているのは、家康公の神柩。
建立以来、1度も開けられた事が無いのだそうで御座います。

母と日光06

母が三猿御神籤を引きましたので、私は奥社限定という眠り猫御神籤を引かせていただきました〜。
私は普段、滅多に御神籤を引く事は無いのですが、こちらの眠り猫さんの可愛らしくて…つい。

眠り猫御神籤は絵馬の形をしており、中に願い事を記す事が出来るようになっていて とても可愛いです。
願い事欄の横にも、小さな眠り猫さんがいるのですが、その下が捲れるようになっており…そこを捲ると、なんと あの雀ちゃん達が〜!!

   眠り猫は平和のシンボル

数多くある猫の彫刻の中で、寝ている姿は唯一、日光東照宮だけであります。
又、この裏側には竹藪で遊ぶ雀の姿がありますが、この二つの彫刻が、戦乱が治まり平和な時代が訪れたことを表しております。



ちなみに、私の引いた御神籤は“吉”で御座いました〜!
吉は、大吉の次に良いとされる御神籤で御座いますね。
中吉や小吉よりも下と思われがちな吉で御座いますが、順番的には
 大吉→吉→中吉→小吉→凶→大凶
……と読み説くのが一般的で御座います。
ですが、地域や寺社によって 様々なものでも御座いますし、大切なのは 御神籤に記されている内容を どう受け止めて今後に繋げていくかという事で御座いますよね。

母と日光07

日光二荒山神社、中宮祠 等へは以前、那須与一様関連で訪れさせていただいたなぁと思い出しつつ、昇殿させていただいて御参りを致しました。
母は座礼での神社参拝は初めてだったようで少し挙動不審では御座いましたが(笑)、元々 余り神社に興味を持っていなかった母が、今では こんな風に一緒に神社を巡って一緒に参拝してくれていると思うと、本当に感謝の気持ちで一杯になります。

母と日光08

二荒山神社参拝を終えた頃、突然に雨が降り始めました;
家光公の墓所である大猷院へ御参りを済ませると、雨は更に激しくなっており……。
物凄い豪雨では御座いましたが、無事に二社一寺を詣でられて良かったです〜。

日光には、未だ少し咲いている紫陽花が見られました。
そういえば…以前、この位の季節に平泉へ行った際にも紫陽花が咲いておりましたっけ。
9月の紫陽花――少し、得をした気分にもなりますね♪

母と日光09

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